329、ルークの後悔、あとの祭り
魔導師の塔では、ニードがズルズルとローブを重そうにトカゲのように這って、上の階のルークの元へと階段を上って行く。
シャラナはリリスたちの元へと出ているので、塔には魔導師がたった二人だ。
だが、手薄な中でも今は地の巫子アデルがいるので、ルークはシャラナを思い切って送り出した。
「うー、なんだよ、なんだよ、あの声。俺の魔導力にメチャクチャ干渉する。
力が出ない、長!お〜さー、たすけてー」
下から、バタンと鍵をかけているはずのドアの音がした。
「え?誰?」
タンタンタンタン!
その足音は、軽快に上がってくると、ニードの背中をギュッとふんだ。
「ぎゃあっ!」
「おや?オパール、こんな所にカエルがいるよ?」
「これは薄汚い魔導師でございます、わが君」
ドスンドスンとニードの背中で飛び跳ねるアデルに、たまらずニードが跳ね飛ばす。
「あーーーーー!!!クソ、この地龍もどき!」
アデルがピョンと跳び上がって、ルークの部屋の前に降り立つ。
クククと笑い、ルークのドアを向くと、サッとアデルの側近、ミスリルのオパールがドアを開けた。
「や!元気?」
ルークもカエルのようにひっくり返ってるのを期待したのに、涼しい顔で窓際に立ち外を見ている。
部屋に入ってくるアデルとニードを見て、内側の木戸を閉めた。
「来たか。ニード、何をしている?」
ニードは辛そうに、床に膝を付き這ってくると、椅子にぐったりもたれかかる。
「えー!何で俺だけ干渉しまくってるわけ?」
「ああ、そうか。結界かな?」
「といていい?」
「それは無理だな、城の結界は魔導師の義務だ。もう青い火は消えた。干渉も消えるさ」
はあ〜っとため息付いてニードがうなだれる。
「それにしても、やってしまわれたなー。面白い青の巫子が来たな」
アデルが面白そうにのんびり椅子に腰掛けた。
ルークは、見た事もない真剣な顔で、腕を組んでいる。
「硬直した状況が動き出すぞ」
「いい方に動くと思うかい?悪い方?」
アデルはひどく楽しそうで、キシシと嫌な笑いでわかりきったことを聞く。
「さあね」
「あー、くっそ、なんだよあれが火の巫子だって?マリナ・ルー??女?
入れ物の方か、なんだよ、巫子でも格が違い過ぎるだろ?
あれじゃ神域だぜ?」
「火の巫子はまさに神の御使いだからな」
アデルがそう言った時、ルークがふと顔を上げた。
ロウソクの火が、ゆらりとゆらめく。
火の中に小さく光が生まれ、瞬いた。
「これは……聖櫃殿」
アデルが一歩下がり頭を下げる。
ルークが、胸に手を当て頭を下げた。
「んあ、な、なんだこりゃあ!」
ニードが見た事もない火の中の光から感じる力に、もたれていた椅子からテーブルに這い上がる。
すると、ルークが彼の襟を掴んで床に引き倒した。
ドターン! 「いてえ!」
「控えよ、火の青様である」
ルークがギラリと怖い顔で目を光らせる。
「こえええ…………」
震え上がってあたふたと、部屋の隅に行き床に小さくなった。
気を取り直し、ルークがロウソクの光に頭を下げて目を閉じる。
自分が神官などと、この方にわかるのかはわからない。
だが、マリナはすぐに自分の名前を言い当てた。
『 火影か。長の務め、ご苦労様。
先代から名を継いだ、マリナ・ルーだ。よろしくね 』
「私のことは、誰かからお聞きになられたのですか?」
微妙な顔で問うルークに、マリナの笑い声が漏れ聞こえる。
『 ククッ、自分の神官くらい一目でわかるさ。
先代からは子供だと聞いていたが、苦労したようだね。
お前の記憶は苦難に満ちている 』
「は、はい。マリナ様に比べたら些細なものでございます。
どこかで、お会いしたことがありますでしょうか?」
『 ああ、会ったことはあると思うよ、僕は以前、塔で暮らしていたからね。
おや、地龍殿も一緒なのだね?
そうか、地の巫子か 』
「は、お見知りおきを。3の巫子アデルと申します」
アデルが頭を下げる横で、ルークが目を開け考えているようだ。
塔で暮らしていた?
どの魔導師なんだろうと、頭を巡らせる。
『 くふふ、わからないのも無理はない。
私はあの頃まったくの普通の人間で、下働きで、心もねじれにねじ曲がってたからね。
ああ、城の一角を上手く使っているね。
悪霊に利用されたとは言え、塔を崩壊させて悪かった。
ま、壊した者が言うのはなんだけど、狭くて階段だらけで暮らしにくかったよ 』
ルークが大きく目を見開く。
え?あの、下働きの?……え?ええっ??わからなかった?
あんなに一緒にいて、同じ塔にいて、わからなかった??
しかも、主人と気付かず、なんでもかんでも用事を言いつけて使ってしまった。
え?シーツだって、食器だって……下着だって、洗わせてしまった。
だああああっと、いやな汗がボタボタアゴから落ちる。
見つけて救うべきは、保護するべきは自分だった。
なのに、気がつきもせず、床が汚れてるだの飯が冷えてるだの、文句言ってしまった……覚えが。
「えと、あの、そ、そうでございましたっ……け?」
『 うん、気にすることは無い。
色々と世話をしたが、怒られ、なじられもしたが、汚れが落ちてないと何度も洗い直しなどさせられたが、飯が冷えてると厨房まで何度も走らされたこともあるが、なに、気にすることはない。
私は黄泉で長に修行をしたのでもう覚えておらぬ。忘れて良い』
覚えてるじゃないかーーーーーーー!!
ルークがギュッと目を閉じ、頭を下げたまま上げられない。
いやーな汗が、全身を流れてゾクゾクする。
過去の俺を燃やして消したい!!
仲間の神官が知ったら、俺は裸で逆さに吊されて炭にされてしまう!
このまま気を失ったほうが、どんなにラクかと思った。
ルークは、彼は先見の力で神官の名を継いだもので、災厄の時はまだ子供でした。
殺されたマリナのそばにいても、隠れて震えて見ているだけで、何も出来ず後悔の塊です。
だからこそ、今度こそ、それだけ覚悟を持って潜入までして指輪を探していたのに、こんな近くに青の巫子がいたなんて。
ガーーーーンなのです。




