328、王家への宣戦布告
マリナが一呼吸置いて、意を決して続けた。
言わねばならない、これを言うために彼はここに来たのだと。
「だが、その前に!!
王よ!過去の王家の過ち、我らに詫びよ!
過去、魔物憑きの世継ぎが青の巫子を殺したこと。
魔物のした罪をすべて赤の巫子にすり替えたこと。
赤の巫子を魔女と罵り、誤った流布を流したこと。
そして、長の時に渡って王家が代々の火の巫子を殺してきたこと!!
災厄の元凶はその時の世継ぎであった!
なのに、なぜ我ら火の者がその罪を負わねばならぬ?!
王家は我らにかしずき、これまでの過ちをわびよ!
そして、火の神の第三の目、お前達が勝手に世継ぎの印としている物を返すがいい!
されば、城にある呪いを速やかに払って見せよう!
城に巣くう悪霊よ!我らの力、侮るなかれ!
我が名は火の巫子、青の巫子マリナ・ルーである! 」
呆然と、その場にいる皆が、初めて感じるその青の巫子の心に響く言葉に、累々と涙を流してひれ伏す。
マリナがリーダーの騎士の元に歩み寄った。
ボタボタ涙を流し、騎士が恐れに震えながら顔を上げる。
マリナがニッと笑って青い火を差し出した。
「とね。僕が言っていたと、城のみんなに伝えてくれるかい?
ああ、この身体はリリスだけれど、今訳あって入れ替わっているんだ。
だからね、この容姿を伝える必要は無いよ。僕の名前だけを広げてね」
ニッコリ微笑む青く輝くその顔は、リリスの顔をした別人で、そしてその声は揺らぎを持って強く心を揺さぶって、人々の心に過ちへの謝罪を生み、すべての者がひれ伏した。
「一体……一体……これは何だ?」
青く燃える空の輝きが窓から漏れ、世の中が青く青く水底のように輝く中で、王が椅子からずり落ちてひれ伏さんとする身体を何とかこらえる。
心が大きく揺さぶられ、罪悪感でいっぱいになる。
今にも走って、青の巫子を捜し回りわびたい気持ちであふれた。
グッと胸を掴み、ブルブルと手を震わせる。
涙がこぼれ、知らず合わせようとする手をグッとこらえる。
これが、これが、火の巫子の力だというのか?
火を崇めよ、日は命の源
なんという、強制的な、人を惑わす力か。
「あ、兄よ、王よ!」
こちらへ向かっていたのだろう、弟の宰相が廊下を這って部屋に入ってきた。
「ううっ!な、なんと言うことだ!」
弟は、脂汗を流して耐えると、グッと足を踏ん張り立ち上がる。
兄王に手を伸ばし、椅子に引きずり上げた。
「こ、これは!火の巫子の宣戦布告だ!」
顔を袖でゴシゴシ拭いて、吐き捨てるように叫ぶ。
フッとだんだん身体が軽くなり、外を見ると青く青く燃えていた火が次第に消えて行く。
牙を剥く弟に、だが、王は首を振った。
「だが、火の巫子が言ったことは、真実だ。
そして、恐らくこの言葉はルラン全体が聞いたと考えたが良かろう。
この、心揺さぶる、この声。
これを誰がウソだという者があろうか。
あの青い炎の輝きは、私の心から邪心を除き、骨までさらけ出して浄化していった。
ああ、これが、もう一人の巫子なのか」
「何を気弱なことを!
すぐに兵を出そう、捕まえて首をはねるのだ」
だが、王はゆっくりと首を振る。
「弟よ、我が受けた父王の口伝はこうであった。
『王家の盛りを続けたくば、火の巫子をそろえるな。
そろえた時、王家全盛の時は終わる。
ただし、全盛が終わってもすべては終わるわけではない。
そろった火の巫子には手を出すな。
それは民衆を敵に回すことになるだろう。
世の在り方は現世の王に委ねる。
道を誤ることなかれ』
父王は、そろえるなと何度も言われてきたと。
意味がわからなかったが、こう言うことなのだな」
宰相が、ブルブルと手を震わせ、ドンとテーブルを叩いた。
「馬鹿なことを!!手を出すなだと?!」
そう叫びながら、ボロボロと流れる涙に思わず口を押さえる。
自分の過ちがさらけ出されたような恐れを感じて、ガクンと膝を付いた。
「なんなんだ、巫子なんてもの、これまで大した者はいなかった……のに」
「時が満ちたのだ。あの子は殺そうとしても殺せなかった。
どんなにお前があの子を足蹴にして泥で汚しても、あの子は光り輝いて少しも汚れてなどいない。
我らは、あの子が生まれた時に、すでに道を誤ったのだ。
弟よ、火の神の使いは、格段に格を上げてきたのだと、そう考えたが良かろう。
我らは、変化の時を迎えたのだ。受け入れるしかあるまい」
サラカーンが呆然と、涙を流しながら兄王を見る。
「格、だと?!受け入れるだと??!!気でも狂ったか、兄者!!
あんな輩に、兄者は王家を代表して、この代々保ってきた王家の威信を捨てて、謝罪するというのか?!」
宰相が、よろよろと後ろに下がる。
ゆっくりとこちらを見る兄の目が、うろたえる弟の心に突き刺さる。
あの子を、手放すことになったことの、それは怨みに思えて胸を掴む。
それは、古からの王族の決まりを守ろうとした自分への、怨みなのか?
赤い髪の子を殺せと騎士を送った事への、あの子を無理矢理手放させたことへの。
そして、あの子が決して上を見ないように、孤児の召使いという、最低の身分に落とした事への怨みと。
確かに、確かに兄夫婦は、あの子が腹にいたときから、すべてを2人分用意して楽しみにしていたとも。
赤い髪でも、育てたいと、きっぱりと兄は言い放ったとも。
幸せそうな顔で、生まれた子を慈しみ、誰がなんと言おうとも。
……妻を亡くし、たった1人の息子は目が見えず、どん底の気分だった自分が嫉妬するほどに。
自分は、自分は、一族の掟を守っただけだ。
それが王家の安泰には必要だったんだ。
自分は間違ったことなど、何一つ…………
「我が弟よ、私はあの子を王家に迎えたい。
謝罪して、たとえ世継ぎに出来なくとも、巫子であれば認めてやればそれ以上のことはあるまい。
きっと兄弟そろって力を合わせ、この国を繁栄させよう」
「 は…… 」
その言葉は、サラカーンの脳天に落雷を落としたような言葉だった。
言葉も出ず、ただ首を振ることしか出来ない。
息を忘れたように苦しさを覚え、弟は兄に何も答えず、部屋の外へ飛び出すと自室へと逃げるように走った。
マリナは、人心に直接訴える力があります。
これは使い方を誤ると恐ろしいことになります。
王家にはとてつもない脅威でしかありません。
だからこそ、昔は青の巫子はひっそり神殿の奥に、ただの入れ物として普段人の前に出ることが無かったのです。
でも、これほど赤の巫子が災厄の元になった魔女と伝わり、間違った言い伝えに染まっている現状では、この力を使うべきだと彼は判断しました。
すべての力をフルで使っても、彼は火の神殿を作ると決めたのです。
これは王家への声を大にした宣戦布告です。




