322、瀕死のカレン
「ピヨピヨーー!」
出来損ないの鳥が、バタバタ走って低いおっさんの声で、一声鳴いた。
思いがけず馴染みがいいのか、小さな羽根の無い翼をバタバタしている。
それでも、リリスの姿のマリナを一発蹴ろうとして、まだバランスが取れずバタンと倒れた。
起き上がれずバタバタゴロゴロ転がって、大きな足をバタバタさせる
ヒョイとマリナが抱えて立たせると、よしっと頭を撫でた。
「こっちはこれで良し、そちらの方はどうか?」
マリナがカレンに近づいて行く。
イルファが、彼の胸に手を当て首を振っている。
「カレン!カレン!しっかりしろ!目を覚ませ!!そんな!そんな!ここまで頑張って……そんな!」
セリアスが驚いた様子で、自分の上着を彼の身体にかけ、必死で揺さぶっていた。
「心の臓が弱っているようだな」
マリナがそう言うと、イルファがうなずいて前垂れで口を押さえる。
「生気を与えたけど、効果がないの」
「火の巫子様!カレンが……目を、覚ましません。息をしていないような」
セリアスの震える声に、マリナが傍らに膝を付いて胸に手をあてる。
スッと顔から下腹までを手でかざし、軽くため息を付いた。
「ふーむ、これは長の時を同化していたせいだな。十のうち三ほど持って行かれている。
蝕まれていた部分が浄化と共に欠損しているようだ。
これでは生き返ってもまともに生活は出来ぬぞ」
それを聞いて、イルファが飛びついた。
「欠損?!だと?川の主に助けて欲しいと頼まれているのだ。
手を尽くす方法は無いだろうか?」
イルファがカレンの手を握る。
冷たく、顔も蒼白で死へ向かっているのを感じる。
思わず感じる死の気配に涙した。
「ああ、カレン、カレン、家に帰ってお前は私の息子になるのだ。
なぜ、なぜ、これほど頑張ったのに、なぜ……」
マリナが悲しみに暮れる皆を見回し、ふむと考える。
ゴウカの灰を利用するかとゴウカに目を移し、ふと気がついた。
「おい、お前。その長いシッポを根元から寄こせ」
マリナが、セリアスのシッポに目をつけた。
「え?は?も、もちろん構いませんが……これで何か出来るのですか?」
「これで無くなった部分を補う。地の巫子、この尻尾を切れ」
「はぁ??くそっ」
また命令されて、イネスがムッとする。
巫子がアゴで使われるなんて、こんな屈辱初めて感じる。
ムキーッと腹を立てながら、セリアスがドキドキしながら差し出すシッポを、バッと手刀で切ってマリナに放った。
ドスンと重みのあるそれをゴウカが受け取り、マリナに差し出す。
まだビクビクと動くシッポにマリナがうなずいて、カレンの身体の上に置くよう指示して、セリアスにニッコリ聞いた。
「痛かった?」
「あ、あ、あああ、痛いかと思ったら痛くありませんでした」
「そう、良かった。地の巫子が切ったなら、きっと大丈夫って思ったんだ。
さあ、生きのいいシッポだ。上手く行けばいいけど」
カレンの上に掛けてある服を取り裸にして、身体の上に平行に載せたシッポに手を添え目を閉じる。
「上手く行かない要因って何が考えられるの?」
イルファが隣で聞いてくる。
「そうだな、馴染みの善し悪しかな。
これは霊的な処置なので、先祖までさかのぼって少しでも確執があれば、反発して合わない時がある。
親族でも無い他人なら余計に、確執が無くとも合わない時があるさ」
「ふうん、こんな術初めて見るわ」
「黄泉ではね、亡者によくやってたんだ。
頼ってくる亡者が多くてね、黄泉の川から魚を釣って使ってた」
「黄泉で暮らしたの?!」
「そうだよ、火の巫子は輪廻の巫子、この世とあの世の橋渡し。
僕らは死んだあとも生きてある。代を継がなかった巫子は普通に輪廻の川に流されてしまうけどね。
代を継いだ火の巫子は黄泉で生きて、亡者のために働いて酒盛りしてる」
「酒盛り??!!」
ン?と、マリナが目を開けて、フフッと笑ってまた目を閉じた。
「汝ら、契りを交わしたことがあるな?
それで苦しんだこともあっただろう。だが、それが今、功を奏している。
一度一つになったからこそ、馴染みが良い。これなら上手く行くだろう」
セリアスがカアッと顔を赤く染めながら、手を合わせてのぞき込む。
「は、恥ずかしながら……金を貸したのですが、お礼にと身体を差し出されてうっかり。
息子にするつもりで、そのつもりは無かったのですが、男としてあらがえず……申し訳ない」
「なに恥ずかしいことでは無い。
この者がそうしたかったのであれば、それで満足だったのだろう。
同性なれば、子が生まれて相手に迷惑かけることも無い。
バレて首になっても、自分が奈落に落ちればそれで良い。
そう、この者の心は覚悟を決めている。
それは汝への感謝一つであり、決してみずから傷つこうとしたことでは無いのだ。
気に病むことは無い」
セリアスが、小さくああ……と吐息を漏らした。
「どうか、どうか、よろしくお願いします」
「承知した。
親子の契りを交わせし者達よ、汝ら一つになって、足りぬ場所を補い、欠けた場所を埋めるがいい。
互いのためを思い、互いのために生きよ。
ここに火の神が祝福する」
マリナの手からゆるゆると青い火がポポッと落ちる。
カレンの身体に薄く透明に燃える火が付いて、シッポにも火が灯り、カレンの火と混じり合って行く。
やがてシッポは端から燃えて白い灰に変わり、微塵に散ってカレンの身体全体を覆って消えた。
一呼吸置いて、カレンの身体がビクンと跳ねる。
ガタガタ震える身体に、心配そうにセリアスが手を伸ばそうとした。
それをイルファが、首を振ってサッと止める。
マリナが、振り向きもせず声をかけた。
「良いのだ、心配ない。
欠けた部分にシッポの灰が入って埋めているのだ。
震えが止まれば、……うん、もういいかな?タイミングが大事なんだ」
マリナがカレンの胸に手を置く。
「血よ巡れ。
輪廻の坂は遠く、汝の道は生者の中にあり。
火打ち石よ鳴れ!命の火を燃やせ!!」
カーンッ!!
なぜか、カレンに当てたマリナの手の中から火打ち石の音がした。
その音はマリナの身体を巡り、心臓に火を付け、そして巡る血を温かく燃やす。
パッと花咲いたようにカレンの身体がピンクに染まり、そして、すうっと息を吸うと、ゆっくりと息を吐く。
そして、正常に呼吸を開始した。
「カレン!!カレン!おお!!良かった!」
マリナが立ち上がり後ろに引くと、待ちかねたようにセリアスが泣きながらまた上着を掛けてカレンを抱き上げる。
フッとカレンが目を開き、ニッコリ笑った。
「セ……リア、ス……様…………」
「よく頑張った。さすが騎士の子だ!よく頑張ったな!」
「……はい…………」
「良かった!ああ、良かった!」
「回復までにはしばらくかかるだろうが、滋養の有る物を食べさせ、時に身体を動かして慣らして行くのだ。
あとは時間が解決するだろう」
「ありがとうございました、このお礼は必ずいつかお返しします」
「そうだね、当てにしているよ。何しろ僕たちまだ何も持たないんだ」
くふふっとマリナが笑う。
横でイルファが、思わずマリナにお辞儀した。
霊的な処置を、自分の場であるイルファが出来なかったのは修行の熟練度かもしれません。
マリナ・ルーが施した処置を見て、彼女はまた勉強することでしょう。
イネスも……イネスは今それどころじゃ無いくらい、嫉妬の嵐でしょうかw




