321、黒い球体の中にいる者
マリナが両手の平を広げて球体に向ける。
すうっと息を吸って、キッと球体に目を向けると気を持って言葉を投げかけた。
「 不浄のもの! わが声を聞けっ! 」
力のある声に、球体が波打ち震え、動きを止めてどこが正面かわからないさまで、その場でくるくると回る。
マリナが、この空間全体に響き渡るほど、両手を合わせてかしわ手を打った。
パーーーーーーンッ!!!
その瞬間、彼の腕輪が青く燃え、その火が身体に燃え移り、全身が青い炎に包まれる。
合わせた手を顔に近づけ腕輪に口づけをすると、スッとマリナが炎を吸い込む。
すると声が、奇妙なほどに揺らいで皆の頭の中に響き、そして心に響く。
「そは、悪霊の息がかかった物!
そは、すでに呪縛の解けたもの!
我は見たり!!
汝、恐れおののく者!生きてこの世にある御霊!」
球体が、ピタリと止まった。
ブルブルと打ち震え、そして全身に生えた棘がとたんにだらりと溶け落ちる。
オ、オ、オ、オ、オ、オ、オオオオオオオ
地響きのような、低い声がこの狭間の空間にビリビリと響き渡る。
「我は火の神の使い。心しかと持て!!今ここで悪霊の残渣を打ち払わんとす!!
恐れるべからず!!今を持って好機は無し!
汝を操る者は無し、呪縛を解き放ち、おのれを取り戻せ!
汝の正体見たり!!
汝の名は! キアナルーサ・ギナ・セラフ・アトラーナ !!! 」
「なっ!!なんだって??!!」 「なんと?!!」
「えっ??ええっ?どういうこと??!」
驚く一同をよそに、リリスの姿でマリナが皆に命じた。
「今だ、皆自分の仕事をせよ!!」
球体が、溶け出すように大きく形を崩し始めた。
「カレン!カレン戻ってくるのだ!!カレン!」
セリアスが大きな声で叫び始め、そして、イネスが納得出来ずに舌打ちながら、パンと両手を顔の前で合わせると見えない剣を握る。
そして、一気に球体に向けて飛び出した。
「払え、地の剣!不浄を切り、人を切るな!!」
ザンッ!
上段から一気に振り下ろして切った瞬間、今までと違い、二つに分かれたままブルブルと球体の表面が波打つ。
マリナの手の中に、青い火が大きくひとかたまりになって行く。
「憑かれていた者よ!愛する者の、呼ぶ声を聞け!
汝、生きることに執着せよ!
今こそ、 今こそ!! 汝、開放されよ!!
破っ!!! 」
マリナが、手の中の火を球体に投げつけた。
バーーーーーーンッ!!
火がぶつかった瞬間、球体が微塵に散り、その衝撃をイルファが結界の外へと逃がし、シャラナがセリアスを守って散る汚れの残渣から防御する。
「火よ、けがれを焼き尽くせ!」
マリナが大きく手を回し、結界に大きく渦を巻く青い炎で散ったけがれを舐めるように消して行く。
「きゃっ!」
人も巻き込み、自分も燃えてしまいそうな勢いに、イルファが思わず両手で頭を覆った。
あとには裸で倒れたカレンと、そして宙にポツンと小さな弱々しい光がフワフワと漂っている。
「あの光は?」
イネスが目の前で起こったことに、少し興奮して息を付きながら問う。
マリナは何でも無いことのように、平然と首を傾げた。
「キアナルーサ、かな?やれやれ、御霊だけで残るとは、さすがに共に散るには心残りであったか。
では、君の入れ物を作ってあげなきゃね。さて、核となる物…………
ああ、これでいい。リリのこの銀の指輪を借りて、核にしよう。
さあ、鳥にしようか、ネズミにしようか?」
うーんと考え込むマリナに、イネスがムッとする。
「お前、命を弄ぶつもりか?!王子をネズミにだと?ふざけるな!」
「とんでもないよ、彼はリリの大切な双子の弟。
さて、どんな形が相応しいだろうと思っただけさ。
ネズミの方が作り慣れてるんだけど、王族であればそうはいかないよね。
んー、実は僕は造形がヘタなんだ。
刺繍はマシって先代に言われたんだけど。
黄泉には普通の鳥がいなくて、もう何百年も見てないから、形が思い出せない。
うーん、こんな感じだったような、うーん、何かこんなだったようなー……」
リリスの指輪を両手で包み、目を閉じてギュギュッと両手の中でこねる。
ひどく真面目な顔で思い浮かべながら、パッと手を広げた。
「よし!」
「「 ぶーーーーーっっ 」」
思わず出てきたものにイネス達が吹き出した。
「ぴよぴよ」
おっさんのような低い声で泣くその鳥は、つるんとした頭がでかく、頭のてっぺんに毛が三本生えていて、くちばしがカエルのように横にデカい。
身体が小さく、小さな小さな羽根は羽根の形はしているが、まるで羽をむしられたあとのように丸裸だ。
短い足はぶっとくて、長くて太い指が前後に3本ずつ生えて奇妙な形をしている。
「ぴよぴよ」
「よし、キアナルーサ、しばらくこれでガマンしてくれ」
弱々しい光点が、ブルブルと震える。
しかし、マリナにはマジでそれが精一杯だ。
激しくぐるぐる回って、文句を言う様子を見せても、言葉は出ない。
「私の赤は、も少しマシだと思うからさ、直せると信じて一旦入ってくれないかい?
ん、何なら僕の中でもいいけど、広いよー。暗くて凄い寂しいらしいよー。
何しろ、静粛の聖櫃とか、深淵の聖櫃とか言われたから。
入ったら広すぎて、なかなか出られないよー?」
服をめくってズボンを下げ、おへそを見せるマリナの横で、ゴウカが出来損ないの鳥をグイと突きつける。
「青様のご厚情である。速やかに入れ。そのままだと消え失せるぞ」
有無を言わさぬゴウカに、光点は迷うようにブルブル震えて点滅し、仕方なく飛び込んだ。
メイスは黄泉で先代と長い長い修行を重ねてきました。
それはレナントで姫がフレアゴートに託された短剣でメイスの胸を刺し、仮死状態にした14章、巫子達の戦いの2番目の話、『137話、姫様の乱心』からですから、相当前の話になります。
黄泉と現世の時間の流れはかなり違うようで、メイスは現世での生身の生活を忘れるほど長いものです。
実際、戻った時には日に3度の飲食やトイレさえ忘れていましたから、何百年かと思われます。
彼はすっかり仙人のようで、気を抜くと幽体離脱してしまうほど、まだ精神体が身体に馴染んでいません。
もしかしたら、彼が見ているものは、我々とは違う物が見えているのかも知れませんね




