319、白い蛇の助け
「偉大な大地の御神に申す!
我は未熟な火の巫子なり! 汚れし火の神官に、慈愛の手を差し伸べたまえ!
御身に願いを奉る!
この願い聞き届けられし折りは、この身をもってこのご恩、お返し…… ゴホッ、ゴホッ! 」
リリスの声も枯れ果てて、後ろに控えていたホムラが悲痛な顔で両手を伸ばす。
エリンはすでに意識も無く、リリスは涙も涸れて一心に木に向け願いを綴っていた。
『 身をもってなどと、巫子がそのような言葉、軽々しく口にしてはならぬ 』
小さく声が聞こえて、ハッと顔を上げる。
エリンの横に、小さな白いヘビがするすると現れ、そしてエリンの胸に乗った。
『遅くなってすまぬ、お前の声は聞こえていたが、我が身の都合で遅うなった』
「ああ…… アリアドネさ…… ま…… セレス様?? 」
なんと言う、カンのいい子だろうか。
白蛇は表情も変えず、地下でガラリアが苦笑する。
『良い、これは私の使い。お前の声は、これを通じて私に届く。
さあ、この者の汚れを祓おう。
リリスよ、その指輪の手をこの者の胸に。
お前はまだ完全な巫子では無い、よって私が補佐しよう』
「はい」
言われたように、エリンの胸に指輪のある左手を添える。
白いヘビが、その手首に巻き付きホムラを向いた。
『神官よ、リリスの右手を切り、指輪に血を落とせ』
「なっ!そのようなこと!貴様の言う事など、信用に足りぬ!」
ホムラが、セレスがガラリアだという事を思い出し歯をむいた。
『ほんの少しで良い、この汚れは私が手を出すよりも、火の巫子が払った方が力が強い。この身体はマリナの身体、血を使うのが効果的なのだ』
「ホムラ様、お願いします」
リリスが振り向き、右手を伸ばす。
ホムラがナイフを抜いて、それでも気後れしていると、リリスが自分で指の背を思い切りガリッと噛んだ。
「赤様!」
「私は巫子という名の付いた、ただの人間です。
でも、私を傷つけることであなたを傷つけるなら、私は自分で傷つきます」
「おおおおお……
申し訳…… 申し訳ございません…… 」
ホムラが、ガックリとうなだれる。
神官にとって、巫子は神にも等しい。その玉体に、傷を付けることなど出来なかった。
「大丈夫、さあ、大丈夫ですよ。お二方」
リリスがエリンの胸に置いた手の指輪にパタパタと血を落とす。
指輪がカッと光り、その光はまぶしいほどにあたりを照らして、一瞬リリスの姿さえも見えなくなった。
加減を忘れてかみ、ボタボタと血を流す指に構わず、エリンの顔を両手で包む。
「ああ! けがれが! 消えています! ホムラ様、良かった! 」
ヘビがそれを確認して、するすると傍らに降りる。
『あとは、この者の服を緩め、リリの胸と直接合わせるのだ。
お前の持っている神気が、この者の心臓に活力を与える』
「は、はい! 」
リリスがバッと上を脱ぎ捨て、上半身裸になるとエリンの服の合わせを開いて裸の胸と胸を合わせる。
「汝、我が神官、オキビよ。私のために目を覚ませ、あなたの力を私はまだ必要としている!
エリン様! しっかりするのです! 」
ぎゅうっと身体を抱きしめる。
すると、ポッと火が二人の身体を舐めるように走り、青白く土色で冷たかったエリンの胸が、ポッと灯が灯ったように温かく色が桜色になった。
身を起こし、見るとその喜びにおも追わず涙が浮かぶ。
失うところだったその命に、ホッと手を伸ばし頬を撫でた。
「エリン様! ああ、良かった! エリン様! ああ、ああ、良かった…… ああ………… 」
ガクリと、そのままリリスがエリンの胸に倒れ込み、意識を失う。
慌ててホムラが、リリスの身体に飛びついた。
「赤様! お気をしっかり! 赤様!! 」
「リリス殿! 」
「巫子殿が! 」
レナントの兵達も思わず駆け寄る。
ホムラが抱き上げ、人前だという事も忘れ、顔の前垂れを上げて涙を流す。
元々体力の無いマリナの身体で、ここまで戦ったのはリリスの気力だけだったのだ。
もうリリスはすでに、そこで限界を迎えていた。
『神官よ、取り乱すな。レナントの兵達の前だ。
リリは疲労で気を失ったのだ。
互いに身体を入れ換えるという無理なことをしたのだから仕方ない。
この森はすでにこの騒ぎで、自らの再生に入っている。
リリの治療はこの者が行おう。
これはまだ生まれたばかりで良い気に満ちている。地の龍、名をシオンという。
これを同行させる。よしなに頼む』
「承知………… 致した」
『火の神官よ、私のしたことは…… 汝らには謝罪で済まぬであろうし、聞きたくも無かろう。
だが、私はこれからリリスに力を貸して、恩を返す。
これは私のけじめでもある。
どうか許して欲しい』
ホムラが、リリスを抱きしめて唇を噛み、顔を上げる。
「けじめだというなら全力で返して見せよ!
我らは神殿さえ失った。
お前が庇護され、何ごとも無く過ごした日々の分を、わしらに返せ!! 」
『…………全力を、 尽くすと約束する』
小さなヘビは、頭をもたげて地に身体を伸ばす。
やがてその姿は人型へと変わり、白い狩衣にサラシャの編んだ組紐を手首に下げたシオンが、顔を上げてニッコリ笑った。
*おさらい*
過去の災厄の始まりでは、マリナが殺されたことで火は入れ物を失い、精霊王が来るのを待てと言われたのを待てずに、聖なる火に包まれた我が子を救おうとガラリアが火に飛び込んだことが事を大きくしていきます。
精霊王が4人いれば収まったことが、聖なる火で瀕死の火傷を負ったガラリアにヴァシュラムが我を失い、ガラリアの治療を優先して立ち去ってしまいました。
残る3人では火を抑えきれず、火は入れ物を探してガラリアの子を飲み込み、そしてリリサレーンの中に無理矢理入り込んで操り、人間への怒りを爆発させます。
それは王家に良い口実を与え、二度と火の神殿を再興させないことに繋がりました。
元凶はその時の王子ですが、火の神官達は、ガラリアとヴァシュラムにも怨みを持っています。




