313、指輪の使い方
エリンが枝から枝に飛び移り、黒い鹿の片割れを追う。
メキメキメキッ、バキッ!ガガガドーン…………
ドドドッ!! ザワザワザワザワ
ドドドドドドドドッ!!!
その位置は、容易につかめる。
骨を捨てた鹿の半身の片割れは、黒いムチ状の物がザワザワと虫の塊のようにうごめいて、その容積を増やしながら木々を避けること無く、ただ倒して真っ直ぐレナントの人々の方へ向かっていた。
「彼らを殺して何になるんだ!」
木の枝を渡りながらエリンが叫び、腰のベルトから筒を2本取る。
「手を鳴らせば火が付くと言ったな!
では頼む!火種となってこれを燃やしてくれ!!」
枝から飛び上がり、筒を2本、黒い塊の中に投げる。
エリンが願うように、パンと手を合わせた。
だが、火が起きない。
「くっ!何故だ、何故火が起きない。火打ち石よ!」
唇を噛んで、火炎玉を取って腰のベルトにこすり、黒い塊に投げる。
火炎玉はポッと火を起こしながら背に落ちて、表面を転がり塊に飲み込まれようとしている木の筒にコンと当たった。
ボオンッ!!
ボオンッ!!
火が大きく燃え上がり、黒い塊はそれでも構わず先に進む。
「駄目だ、こいつには意思がない。やはり行動を決定しているのは向こう側か!
ならば、何をしようとこいつは突き進みレナントの民を殺すだけだ」
シュッシュッシュ!!
空を切る音がして、何本もの矢が黒い塊に刺さって飲み込まれる。
ハッと顔を上げ、エリンがその先を見る。
そこにはルシリア姫が、馬上から弓を射る兵を率先して指揮していた。
そして、その傍らには騎士や戦士が姫を守る勢いで今にも突き進もうとしている。
「駄目だ!! 死ぬつもりか?!! 引けっ!! 」
必死で声の限り叫んでも彼らの耳には届かないだろう。
ドドドドドドドドッ!!!
激しい地響きを上げ、黒い塊は突進している。
自分は、オキビになったのだ。
だからこそ巫子のために、巫子のために、生きると、絶対に死なないと。
それでも…… それでも!! これしか無い!!
例え自分の身体が腐り果てても、巫子は腕が炭になっても立ち向かったのだ!!
兵士たちが、勇敢に黒い塊へと向かって行く。
エリンは上着の背から畳んだ薄い布を引き出すと、それをバッと広げて黒い塊の前へと飛び降りた。
「アリアドネのご加護を! 火の巫子のために!!! 」
バッとその薄くキラキラと輝く不思議な布の両端を上下で握り、迫り来る黒い塊の目前でサッと広げるように背にまわすと大きく手を広げる。
「何をなさるのだ!!! 」
レナントの兵士や姫の顔が、驚愕におののく。
「堰き止める!! 」
次の瞬間、ドッとエリンの背中に衝撃が走り、黒い塊が覆い被さるように突進してきた。
ホムラがリリスを載せて、黒い鹿と対峙する。
2本足の鹿は無数のムチを突っ支いにして立ち、先に進むのは2本の足が担っていた。
オオオオオオオオオオ……………
雄叫びを上げると、肩のムチが泥を飛ばす。
ホムラがさっと避けて、少し距離を取る。
「どうなさいますのか? 」
「増やさぬように、ここで片を付けなければなりません。
恐らく、この指輪の力はマリナの身体では半分も出せないでしょう。
先ほど、骨を捨てた様子を見て気がついたのです。
敵は、あの鹿の身体を依り代にしているようです。
ならば、依り代を捨てることが出来たあちらは本体では無い。
本体とこちらに違いがあるとするならば…………」
「頭でございますな?」
ビュビュッと泥が投げられる。
避けた先に、無数のムチがホムラを襲う。
ゴオッ!!
ホムラが口から火を吐きムチを焼くが、それは絶え間なく次々と伸びてくる。
身軽に逃げるホムラに、一瞬でビュンとムチがひとかたまりとなり、その先を大きく広げて飲み込もうとした。
「赤様!! 伏せて下さい! 」
ホムラが大きな羽根を羽ばたき、後ろに下がろうとする。
が、その大きなムチは執拗に追ってきて、またその先を広げた。
背のリリスが、指輪を空にかざして大きく広がるムチへと手を広げる。
「燃えろ! 燃え尽きろ! 」
とっさに出た言葉に、指輪が何故か答えない。
「何故?! さっきはあれほど熱を出したのに…… 」
焦るリリスに、ホムラがたまらず叫んだ。
「赤様! それは火では無く日の指輪! 口先の言葉ではいけないのです!
心で訴えねば答えませぬ!」
そんなこと、この急場で言われても。
じゃあ! じゃあどうすれば!
さっきはなんと言ったっけ?
なんと言えばあのような焼け付くような熱が出たっけ? 切った時はどうしたっけ?!
混乱する間もムチは次々と伸び、ホムラが火を吐き避けて払う。
手を伸ばしたまま身体が固まったリリスの手に、透き通った女の手がスッと差し伸べられた。
「無礼者め、下がれ! 」
リリサレーンが出てきて、リリスの口を使いそう叫んだ。
指輪のある手から、カッと真っ白な光がムチを一瞬で消し飛ばす。
ああ!! やはり!
自分では駄目なのだと、思わず声を上げた。
「リリサレーン様!! 私と、どうか私と変わって下さい!! 」
それはまるで、母への懇願のようで、リリスはまだ自分に自信が持てなかった。
使用説明書が欲しい!! …………リリス渾身の、心の訴え




