312、火の神官オキビ
自分に価値があるなんて、今まで誰が言ってくれただろう。
レスラカーンのそばに仕えるため、必死で兄に追いつこうと腕を磨いた子供時代。
代々仕えてきた宰相家に兄の働きが気に入られ、レスラカーンが元服した折、早速兄に連れられ挨拶に上がった。
滅多に上がることの出来ない地上で心躍る自分に、レスラカーンはとても優しく接してくれる。
目の見えない彼を、大切にお守りしようと心に決めた。
だが、宰相は自分の姿を見るなり、怒りに震えて館から即刻出て行けと怒鳴った。
初めて見た人間の恐ろしいほどの激しい怒りに、自分は恐怖で凍り付いた。
この獣の顔が…… 汚らわしいと言われ、恐怖で数年地上にさえ上がれなかった。
この顔が、この、私の、両親から頂いた顔を、汚らわしいと、あの御方は…………
“ エリン様!! なんてりりしいお顔でしょう! ”
パッと、リリスの明るい笑みが暗い気持ちを払拭した。
どれほど救われたか、あの笑みに、温かな手のぬくもりに。
「ああ…… ああ…… あなたのためなら私は、
千の槍でも受けて見せよう
毒の川も飲み干して見せよう
私は、オキビとなりましょう。リリス様、あなたのために。
私は、生涯をかけて、火の巫子にお仕えしよう。」
輝く火打ち石を、グッと掴んだ。
それを掴んだ瞬間、エリンの身体が火に包まれる。
火打ち石が見てきた、これまでのオキビの記憶がドッと流れ込んできた。
「ああ! くっ! あああああ!! 」
あまりの情報量に、額を抑える。
古く、女の巫女、少年の巫子、そして立派な体躯の男性の巫子、それが年老い、悲しみに暮れて看取り、戦いの中で傷ついて死んで行く。
人々が巫子に救いを求めて殺到し、そして時にナイフを振りかざし殺そうとしてくる。
沢山の時代の流れと共に起きたことが、次々と頭に流れ込んできた。
そして、最後に鮮やかに広がる光景。
先代マリナを襲う騎士と、装飾や服装から一目でわかる身分の高い若者。
身分の高い若者は容赦なくマリナを殺せと命令する。
マリナを守ろうとしながらも、先代オキビはその青年に危害を与えることが出来ず躊躇する。
おびえる一人の子を抱くマリナを奥の部屋へと避難させ、そしてそのドアの前で立ち塞がった。
騎士達の剣を受け流し、必死で遮り、炎で退く。
身分の高い青年は、なかなか突破出来ないその様子に舌打ち、自ら先代オキビに剣を突き立てた。
何度も何度も剣が身体を貫き、抵抗する自分の手がオキビと重なり、やがて見ていた騎士も青年と一緒になって先代オキビの身体が無数に刺し貫かれ、最後に首を落とされる。
暗くなる視界から、泣きながら部屋から出てすがりつく巫子の姿が、そして剣が巫子を貫き、自分に覆い被さる様子が、巫子からあふれ出す聖なる火の、炎の海が、遠く、暗く…… そしてそこで再現される記憶の映像が終わる。
その恐怖と口惜しさだけが、ただ身体を満たして行った。
「ああ………… なんと言う………… 」
涙を流すエリンが顔を覆う。
そして、先代オキビの見せたあの光景が、彼への大きな教訓として心に刻まれる。
彼女は、共に逃げるべきだった。
ああ、そうか、駄目なのだ。
命に変えて守るのでは駄目なのだ。
守り手ならば、守り手だからこそ、ともに生き延びなければ。
「このようなこと、2度と…… 私は、私は、生きて巫子を守ります」
吐き出すように誓うエリンに、火打ち石が小さく震えた。
『それでよい。生きてこその守り、死して巫子に絶望を与える事なかれ。
良き青年よ、汝に託す』
火打ち石は手の中に溶け込み、身体の芯に火が付いたように力が満ちて行く。
『 手を打ち鳴らせ、お前の中の火打ち石が手を貸すだろう。
あとはお前次第、火の神官は生涯が修行。
大きな力を扱えるかはお前の修行次第、火は時に武器となり、火は時に守りとなる。
巫子に従え、だが時に巫子のためなれば、従うな。道を指し示せ。
我ら代々オキビとなりし者、こののちを汝に託す。
そして聖なる火打ち石の起こす火を伝えよ 』
「承知した。私はこの火を次代に伝えます。
オキビの名を汚さぬよう、この名受け継ぎ、火の神官の座の一つになって生涯巫子をお守り致します。」
誓った瞬間、パッと視界が開けて森の木々の樹上を飛んでいた自分に気がつき、勢いのまま次の枝へと飛び乗った。
「何だろう、何が変わったんだろう。
何も…… 変わった気がしない………… 」
自分の手の平を広げて見る。
手の平には何も変わったところが無い。
でも、心は…… この胸の内は…… 確かに変わった。
エリンは顔を上げると、レナントの兵のいる方に向かった鹿の片割れを追いかけた。
オキビは熾火と書きます。
炭が炎を上げず芯の部分が真っ赤に燃えている状態を指すとあります。
それが、誰よりもリリスに忠義を果たそうとするエリンにぴったりだと思いました。
何故彼らの名が日本語なのかは、天照大御神をあがめる日本人を日の神が古代に気に入ったからなのかもしれません。
神事も祝詞も微妙に日本チックなので、ヴァシュラムが精霊王&巫子ご一行で古代日本神事巡りツアーでもやったのかもしれませんね




