311、エリンの価値
リリスの放った白い光に、黒いムチで形取られていた頭が崩れ、その場にドシャッと黒いムチの塊が鹿の骨を残し這ってくる。
「骨を手放した! 黒い形のない塊になりました!
これは、少しは効いたのでしょうか?」
「出来れば払ってくだされば助かったのですが」
「エリン様熱くなかったですか? ホムラ様は羽が焦げちゃったのです。」
「いえ、大丈夫です。」
「良かった! これで大丈夫です、やり方がわかりました。
さっきのように、身体もだるくありません。
乱暴ですが、光で焼いてしまえと言う事のようです。」
「なるほど!! では! 」
エリンが、バッとその場を飛び上がり、木の枝に次々と飛び移る。
「上に出ます! ご辛抱を! 」「はい!! 」
バシバシ当たる葉っぱや小枝に、エリンに抱きつき胸もとに顔を埋めて耐えた。
やがて木の頂点まで来ると、エリンが宙に飛び出す。
「 ホムラ殿! 」
ドンッ!
バシッ! ゴオオオオオオッ!!!
「 おお!! 」
エリンの動きに合わせるように、ホムラが鹿の半身に倒木をくわえて投げつけ、口から火を吐いて動きを止める。
そしてエリンに向かって飛び上がった。
「今です! 巫子殿! 」
「赤様! わが背に! 」
リリスがハッと顔を上げ、飛び上がってくるホムラの背に向けてエリンの手から躊躇無く飛び降りる。
エリンはすれ違いざま彼に手を貸し、ふわりとホムラの背に乗ることが出来た。
「乗りました! ありがとうお二方! 」
ホムラは背の羽根を変化させ、今度は落とさぬと痛めた羽根の痛みもものとせず彼の身体をしっかりと固定する。
リリスが、黒く火傷して皮の剥げたホムラの羽根に、ああと手をかざした。
彼に癒やしの力があるのかは自覚が無い。だが、そうするとホムラは、痛みが少しラクになった気がする。
「ああ、ホムラ様、酷い火傷です。どうぞご無理なさらず。」
「このくらいかすり傷、心配無用にございます。」
バッと樹上のエリンのそばの枝に乗り、リリスがエリンに手を上げる。
エリンが胸に手を当てお辞儀して、レナントの兵達がいる方角を指さした。
「先ほど骨を捨てた黒いものがレナントの一行の方に向かっています!
私は足止めに向かいます! 」
「承知しました! 恐らくこちらが本体です、こっちを先に倒さねばなりません!
どうかご無理なさらず! 」
「我が君、お任せを! 」
すっとでた言葉に、エリンがふと笑ってリリスと別れ、先ほどの黒いものを追う。
無理は承知だ、レナントの民にケガをさせては巫子に恥をかかせるだろう。
自分は、彼のためなら、彼のためなら…………
「この命かけても! 」
木の上から次の枝へと渡り、地面に降りて走る。
何故か、懐の火打ち石が飛び出して目の前で輝き、道先案内のように飛びはじめた。
何をすればいいのかわからず、エリンが思わずそれに手を伸ばす。
輝く火打ち石を掴んだ瞬間、彼はどこか違う空間へと投げ出されていた。
「 なにっ?? 」
『 我は先代オキビなり 』
薄暗い空間に女の声が響き、あの火打ち石が宙に輝き浮いている。
その輝きはまぶしいほどで、エリンが周りを見回した。
「オキビ? それは? 」
『 火の神官は名を継ぐものなり
オキビとは、炎は見えぬが身の内に燃えさかる火を持つ者の意
汝に相応しかろう 』
「私は、そのような………… 」
『 火打ち石が認めた者よ、名を継ぎ、巫子の力となれ
我の意志を継ぐ者となれ 』
火の神官を??
「私には、そのように大それたものを継ぐ価値などありません。
何も力を持たない私にどうなされよと? 」
火の神官達の、あの、異形ながら強い力。
自分にはとても、彼らに並ぶ力など無い。
『 生ける者のの価値とはいかに
無いという者には無く、有るという者には有る、それほど移ろい易き物なり
だが、我らは断言出来よう
汝、価値ありと!
火打ち石を取れ!
汝はオキビ、うちに炎を秘めたる者
赤く燃えて美しく輝け
ここにオキビありと、火の巫子に仕えよ
火の神官は、巫子の手足
そして時に槍となり、常に盾である
汝、我が意志を継ぎ、 …………次こそ ……次こそ、巫子の命を守りたまえ 』
エリンがゴクンと息を呑む。
自分のどこに価値があるのかわからない。
特別な力も無く、それを補うために色々な武器をこうして携えている。
そしてこれから仕える方の為に、身体を鍛え、腕を磨いた。
なのに、誰にも、認められないことに苦しんできた。
それでも、自分にこの座を得る資格があるのかわからない。
エリンの心に、戸惑いが渦巻いていた。
エリンは特に特別な力はありません。
ただ、彼がこれまでに自分の身体を、あの地下の世界でひたすら怠けること無く鍛えてきたのだけは、変わること無く発揮されています。
そして何より、もっとも誰よりも強く、彼が胸の内に持っているもの。それは…………