310、赤の巫子の指輪
リリスの身体をエリンが受け止め、リリスが落とさぬように指輪を握る。
ジュッ!
「 あちいっ! ひえっ! ひぇっ! あっっつ! きゃーー、ちょっ!
あーーーっっつ!!! えっ?! えっ?? あっちっ! あっちっ!
あっっちいいいい!!! ちょっ! 冷まして下さい!
私は自分の身体じゃないんですってばっ!!
あっち!あち!あっちぃっ!!」
指輪を掴んだ手の平が、音を立てて火傷した。
どうしていいのか落とさないように、服を間に挟んでお手玉して冷えるのを待つ。
が、服が見事に焦げた。
「ああああ、どうしましょう。熱くって触ることも出来ません! 」
「お待ちを! とりあえず安全な場所へ! 」
エリンが森を走り、黒い鹿から距離を取る。
彼を下ろし、鹿に気付かれないようにそっとリリスを倒木に座らせた。
「一つそちらに向かった! 」
「わかった! 」
ホムラの言葉に、エリンが腰からゴウカに貰った結界の粉の入った木筒を取り出し、サッと周囲にまき火打ち石で火を付けた。
「ゴウカ様に頂いた結界の粉、どうかどうか、頼みます! 」
願うように、パンッとエリンが拝む。
粉に火が付き、シャッと音を立ててリリスの周りに細く火が回る。
そして煙が立つと、風が吹いてもそこに留まりすっぽりと二人を包み込んだ。
遠くで鹿の足音が地響きとなって通り過ぎる。
急に消えた巫子に、探しているのかそれは離れてはそばを通り過ぎた。
「さすが!! ゴウカ様の術! なんと素晴らしい、ここまでとは。
これで時間が稼げます。
リリス様、お手は大丈夫でございますか? 」
「あ、ええ! 炭になって、もう駄目だと思っていましたのに。ほら、指もちゃんと5本。」
リリスがエリンに右手を差し出し、ホッと服越しに持った指輪を見る。
「この頂いた指輪、持っていれば力を感じますが、これでは落ち着きません。
出来れば指に付けたいのですが、どうしたら……
指が焼き切れるのを覚悟した方が良いのでしょうか? 」
「そうだ、私が良いものを持っています。あなた様の手なら小さいので指輪も通るかと。」
エリンが腰に付けた袋から、白い皮の手袋を取り出した。
「これを。白鹿の皮なのですが、少し厚いので指輪が通ればいいのですが」
そう言って、白い皮の手袋をリリスに差し出す。
手で縫ったものだが、固い皮をとても丁寧に縫ってあって、地下の人々らしい細工の細かさが見える。
「あっ! これはいいですね、助かります。もう、何でもかんでも熱くて敵いません。
でも、まさか指輪を頂けるなんて。口の悪さもたまにはいいものです。
これほどありがたいと感じたことはありません。日の神様はさすが器の大きな包容力のある方です。」
なぜかほめると、指輪がさらにカッと熱くなる。
「あっちっ! こ、これは…… すいません、エリン様手袋を付けて下さいませんか?
どこにも置けそうにありません」
「はい、では右手に? 」
「ええそうですね、どちらに付けるといいのか見当もつきません。」
「そう言えば、心の臓は左にあると聞いたことがあります。」
「なるほど、このドキドキと血の巡りを司る物ですね。では左にしましょう。」
「はい、承知しました。」
エリンがリリスの左手にぶかぶかの手袋を付けると、指輪をそっと小指に通してみた。
すうっと指輪は大きさが変わり、難なく通る。
「あれ?? 形が変わりますね。それに熱くないです! これなら使えます!
指輪でちょっと火傷したところも大丈夫です。
でも、なんだかゆるくて抜けそうで怖い」
指輪は何故か形が無い気がして、どんな指にも柔軟にすうっと馴染む。
右手はあんなに酷い火傷だったのに、綺麗に治ってホッとする。
意地悪な神だけど、癒やしを施してくれたのは、思いがけなく助かった。
右手にも手袋を付けて、今度は薬指に付けてみる。
驚くほど馴染んで、心地よいくらいにキュッと締まった。
「薬指に、ほら、大きさが変わって馴染みます。凄い。
硬いのに、柔らかい。不思議な指輪です。あの地下にある指輪も、こんな指輪なんでしょうか?
てっきり赤の巫子の指輪はフレアゴート様から頂いたものと思っていました。
わからない事ばかりです」
手袋越しなのに、何か暖かい。
フレアゴートとは違う、どこか力強さを感じる。
何だろう…… そう、精神の深淵に沸き立つ物がある。
これは…… これなら、少しは日の力を使えるかもしれない。
よしっ!
「とにかく外へ出ましょう。
ホムラ様が一人で戦っていらっしゃいます!」
あれほどぐったりしていたリリスが、力強くエリンに声をかける。
エリンが思わずパッと明るい顔で、ハイと大きくうなずいた。
「はい、では巫子様失礼します! 」
そう言って、エリンが左手でリリスの大腿の裏に手を回して抱き上げ、リリスがエリンの腕に座る形で彼の首に抱きついた。
「ホムラ様の背に戻れましょうか?」
「大丈夫、お任せを! では、参ります! 」
離れる鹿の足音を聞き、それと反対側に飛び出し、森の中を一直線にホムラの元に走る。
彼らを探していた一体がリリスの気配にクルリと振り向くと、身体中からムチ状の物を出して2本足でざわざわと追いかけてきた。
「来ます! 私がやってみます! 」
エリンの首に回した左手を外し、空へと掲げる。
「天にまします日の御方よ! お力授かり申す!
日よ、黒に染まります者、止めませい! 」
リングがきらめき、手の中に火の光が真っ白な光の球を作る。
「切り裂け! 出来れば払いませい!!」
リリスの手から、白い光が放たれた。
背後に追いかけてくる黒い鹿の半分は、それを避けようとしたものの、身体の半分が焼けて蒸発した。
リリスはやっと自分の指輪を手に入れました。
とんでもない状況で、偶然にですが。
この世界、赤の指輪が2つあることになります。
もう一つはどうなるのでしょう




