309、日の神
「エリン避けよ! あれに触れると……」
頭のある黒い鹿は、びゅっとエリンに向けて、泥を吐く。
エリンが大きな木の陰に避け、泥が木の幹にべちゃりと付いた。
その木はジュウジュウと音を立て、真っ黒に腐り、やがてメキメキと音を立てて倒れていく。
エリンが驚いて声を上げた。
「腐りました! 木が!! ホムラ殿、これはまずい! 」
避けるしか無い敵の泥に、ホムラとエリンが大きくジャンプして逃げる。
無数の足代わりのムチで歩き、頭の無い片方が地響きを立てエリンを追った。
リリスは重い脱力感に覆われ、どうすることも出来ず思考もドロドロと頭が回らない。
思わず、大きすぎた期待が外れて、大きくため息を付く。
こんなに大きな力があって、魔物を払う力が無いなんて思わなかった。
あの真っ白に輝く、あの燃え上がりそうな苦痛の中で、それで一瞬で蒸発とまでは行かなくても、それなりの影響があると信じていたのに。
え、それで切っただけ?
増やしてどうするんですか。
え、どんどん増えるわけ? こんなに頑張っても、身体が炭になっても、増えるだけ?
ひどい、ひーーーー どーーーー いーーーーーー
お日様って、お日様って〜
「ケチ、だなー……… 」
「赤様!! 」
リリスらしくないぼやきに、思わず樹上を飛び上がったホムラの痛めた羽がゆるんだ。
リリスの身体がズルリと背から落ち、エリンが驚き彼に駆け寄り受け止めようと手を広げる。
「リリス様!! 」
宙に放り出されたリリスの身体に、黒い鹿がここぞとばかりに大きなムチを振るった。
泥の塊がいくつも向かってくる。
エリンは覚悟を決めて、彼を守る為に逃げることを捨てて手を広げる。
ホムラがリリスの盾になるため、再度飛び上がった。
エリンの手の中にリリスの身体がふわりと触れる。
その瞬間、彼の身体がまばゆいまでに輝きを放った。
「うわっ! 」
「な、なにごとか?! 」
光は一帯に広がり、リリスに向かってきた泥が消し飛ぶ。
黒い鹿はおびえるように、森の中に逃げ込んだ。
『 不遜なり!! 』
その、男とも女とも付かない怒りに満ちた声が、あたりをビリビリと揺らした。
リリスは身動きも出来ず、宙に浮いたままゆっくりと身体を巡らし天を向く。
『 我が、 ケチ!! オオオオオ!! ケチ?!
不遜なり!!! 』
リリスが回らない頭で、どんよりと見る。
誰?でしょう??
『 力こなす事無く、汝、ことごとく未熟なり!! 』
ああ…… すいません、この身体、私のじゃないので相性が…………
『 相性?相性とはいかに?? 』
あー、そうですね、火を燃やそうと、水をかけるようなものです。
『 解!!解である!!汝、例えが見事である! 』
あー、ありがとうございます。
わかって頂いて良かったです。
それで、どちら様でしょうか?
『 汝!与えし指輪をいかがした?!! 』
あーー 、えーっと、なんか悪霊に取られちゃったらしいです
『 ……………… 』
『 ……………… 』
『 取られた、 とは? 』
すいません、先代が亡くなったとき、悪霊が自分のものにしてて、悪いことして困ってます
『 オオオオオオオオオオオオオオ!!!!! 』
ドドドドドドド!!!
その叫びが、まるで大きな雷が落ちたように地響きを起こす。
エリンは立っていられず、枝の上から落ちて下の枝にぶら下がった。
一体、今、何が起きているのかわからない。
ホムラも、じっとリリスの対話を見つめている。
『 不遜なり!!!!! 我より与えしものをなんとする!!! 』
すいません、取り戻そうとしたんですが、取れないところに持ち込まれてて…………
すいませんっ!!
『 ムウウウウウウウウ!! 』
『 よかろう!!!!! 』
『 汝、指輪無き巫子! 指輪を与える!! 』
「 えっ? は? 」
パッと暖かな輝きが穏やかに彼を包み、ふわりと手が前に上がる。
火傷で開かなくなっていた右目が開き、痛みがスッと引いていく。
見ると、真っ黒に焦げていた右手が綺麗に戻っていた。
え?あれ?火傷が治ってる。
カッとあまりのまぶしさにキャッと声を上げて顔をそらす。
だが、その光が凝縮すると、光の中に小さな点が見える。
ゆっくり降りてくるそれに、思わず両手を添える。
その手の平の上に、細く小さい、真っ白に輝くシンプルな指輪が現れた。
『 言い訳無用!! 二度と指輪を失うことなかれ!! 』
リリスが呆然とその指輪を見つめる。
『 返答はいかに??!! 』
「 は、は、は、はいっ!!! 」
『 良き声なり!! 我が巫子、これより汝の力を示せ! 』
「は、はいっ! ありがとうございます!! 」
光が消えて、指輪と一緒に下に落ちて行く。
エリンがその身体を受け止め、リリスが指輪を落としそうになりながら慌てて掴んだ。
そうです、だからフレアゴートには指輪のことがわからなかったのです。
フレアゴートと日の神は双子神、同じようで同じでは無い神様です。
ですが、同じ神殿で2人の巫子を共有し、2人の言葉を聞いています。




