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31、リリスの中に眠る物

うっすらと微笑む寝顔のリリスに、ガーラントが複雑な顔でそっと髪を撫でた。

ベッドに留まっているヨーコが、小さく鳴いて彼の顔を覗き込む。


「ザレル殿か……」


自分の主人をそこまで信用しているのか。

ザレル殿がこの子を養子にしたいと言われた時は、魔導師とはいえ奴隷がずいぶん上手く取り入った物だと皆うわさしていたが……違う……本当に、素直なのだな。


皆、この子を知らないのだ。

ただ、身分だけが先にある。


アトラーナで、子供と言え騎士貴族が家もない孤児の召使いを養子にするのは難しいことだ。

全く前例が無いわけでもないが、養子になった者はたとえ貴族の一員となっても肩身は狭い。

特に王都ルランは、貴族もプライドが飛び抜けて高い。


ふと、ガーラントが顔を上げた。


そうだ、孤児だと聞いたが、たとえこの容姿だとしても精霊であるセフィーリアがなぜ引き取ったのだ?

しかも、赤子からもっとも身分の低い下働きにするためにとはおかしいではないか。

そんな話聞いたことがない。


孤児ならまだ、養育園にいれば子のいない家に養子で引き取られる希望がある。

男の子ならなおさら、家の働き手として多少容姿に問題があっても、引き取り手は多いはずだ。


保護者もない孤児の召使いは奴隷と変わらない身分だ、主人に手打ちにされても文句も言えず墓もない。

牛馬のように働かされ、病気になってうち捨てられることもある。それ程厳しい状況にあるのだ。

ごく普通の家に引き取られても、それよりはましだっただろう。

腑に落ちないことが多い。


身分にしばったのは、誰だ?

まさか、本当に王のお子なのか?


ドアが音を立て、ゆっくりと開いた。

ハッとガーラントが顔を上げ、胸に手を当て膝を付く。

ドアから入ってきた美しい女は、白い髪に金の瞳を持つ風の精霊の女王、そしてリリスの師であり母代わりであるセフィーリアだった。


「お前がザレルの部下か?」


「はい、ガーラントと、申します。」


セフィーリアは怪訝な顔で彼を見下ろしながら、リリスの元へ行き優しく顔を撫でる。


「我が息子を無事届けてくれたことは礼を言おう。援軍も半数近く減り、さぞ平静を保つのは困難であったろう。」


「は、報告は……」


「よい。私は風の精霊、風のあるところ我が配下が存在する。それは私の目となり耳となる。知らぬ事はない。

リリスの器は大きい。これの戦いにはたいそう力を送ったが、相手が異質ゆえ太刀打ちできなんだ。

我が力の及ばぬばかりに恐ろしい目に遭わせ、可哀想なことをした。」


知らぬ事はない。


その言葉に、ガーラントが緊張する。

前の晩に襲ったことは、知られているのだろうか。

彼女の金の瞳が、キラリと輝き冷たく見下ろした。


「何故この子を救った?」


問われてガーラントが目を伏せる。


何故……

何故だろうか……


あの、皆がパニックにおちいった状況で、自分は1人平静だった。

そうでなければ、自分もどうしたかわからない。


ガーラントが、リリスの枕元に留まる鳥のヨーコに目を移す。


何故……この子を救ったのか、それは……


たとえこの子が、ただの召使いだとしても……

……この鳥のように、この子に仕えたいと思ったのだ。


強く、心に決めた。


「私は、ザレル騎士長に頼まれておりましたので。それに……

この少年の行く先を見てみたいと思いました。」


「そうか。それも良かろう、これ以上は聞くまい。

だが、再度お前がこの子に牙を剥くことあれば、私はお前の命を奪うやも知れぬ。

たとえ人間どもが認めようとせずともこの子は我が子、心せよ。」


「は」


なるほど、聞きしにまさる溺愛ぶりか……

塔の魔導師殿の方々が気になさるはずだ。


「ただ……今少し気になることが。」


「なにか?」


「肩にひどい傷を負われたと思いましたが?服も破れ、血に染まっておりました。」


確かに前夜切ったはずの腕も、赤いスジを残したのみで消えていた。


チュピッ!


ヨーコがドキッと飛び立ち、セフィーリアの肩に留まる。


「癒しの術が効いたのであろう。もともと得意ではないのだが、修行は積んでいる。」


ガーラントの眉がぴくりと動いた。

しかし怪訝な様子もなく、うなずいて立ち上がる。


「なるほど。しかし動かせば痛みがあるようでしたので、少々気になったものですから。

それと……このヒモをその鳥が大事そうにくわえて飛んでおりましたので、お渡ししておきます。」


それはメイスに貰ったブルーの、髪を束ねていたあのヒモだ。

焦げてボロボロで、今はただの粗末なヒモだった。


「わかった、渡しておこう。お主もしばし休むがよい。」


「は、ではまたのちほど。」


ガーラントが一礼して部屋を出る。

セフィーリアはホッと息を吐き、眠るリリスのひたいを撫でた。


「我が身に宿す物の重さを知れば、……また…………」


ヨーコが羽ばたき、ベッドに留まる。


「お師様は知っていたの?」


セフィーリアは無言でリリスを見つめている。


「ヨーコよ、時が来たらこの子には私から話そう。」


時が来たら?その時っていつ?


「ダメよ、ちゃんと話してあげて、お師様。チュチュッ」


自分の中に、違う意識が眠っている。

そんなこと、自分なら不安で仕方ないに決まってる。


「この子は、リリサレーンを恐れている。まだ早い。」


「じゃあ、どんな人だったのか教えてあげなきゃ。

知らないって事がどんなに不安で恐いことか、お師様わかってあげて。」


「知らなかったからこそ……」


これまでの艱難辛苦を乗り越えられた……


「知らなかったから、知ったときのショックが大きかったじゃない。

あたしはまた、リリスが崖から飛び降りるのなんて見たくない。」


セフィーリアが息を飲み、絶句した。


自分が王の長子であると知ったとき、自分の居場所を失ってとっさに崖から飛び降りてしまったリリスの、あの絶望感。


「そうであった、そうであったな……」


立ち上がり、そして考えるように部屋をあとにする。

その背には、重く、戸惑いと思い悩む姿が見える。


つらいね、つらいねお師様……


「う……ん……」


リリスがどんな夢を見ているのか、眉を寄せて辛そうに寝返りを打つ。

ヨーコは何も出来ない自分の姿に、せめてと窓辺へ飛び立ち木の枝に止まって涼やかな声で歌い出した。


セフィーリアは精霊です。風の精霊は通常普通の人間には見えません。

彼女は精霊王なので、姿を変えるのは自由自在ですが、利便上普段は人の姿で暮らしています。

気まぐれな精霊としての本質は変わらないのですが、彼女を動かしているのは人間の家族のためです。


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