308、威力ばかりが暴走する(火傷表現あり)
ホムラが倒木をぶつけて飛んで、黒い鹿と距離を取る。
「も、 もう一度。 もう一度、やります! 」
突っ伏してハアハア息を付いてつぶやくリリスに、エリンがそばに来て声を上げた。
「私が奴の足を止めます! 一瞬ですが! 」
「十分です。はあはあ、少し、落ち着いてきましたが、どんな力でも、あいつに当てないと意味がありません。
これ以上、森を焼くと、地の方に怒られてしまう」
グッと両手で身体を起こし、ズキズキとうずいてきた火傷の右手をチラリと見る。
「倒すのが先です! マリナには謝るのみ。よし! 」
今ひとつ声に張りがないが、気合いを入れた。
「エリン様! お願いします! 」
気合いを入れていないと、時々フッと意識が遠のく。
倒れた鹿は一瞬で折れて崩れた足をムチ状の物で足の代わりを形取り、グッと前足を立てて立ち上がると、大きく黒い息を吐く。
グッと身体を落とし、力強くまた向かってきた。
「火打ち石よ! 巫子のために私に力を貸してくれ!」
エリンが、腰から火打ち石を取って、カーンと鹿に向かって鳴らした。
ボンッ!
大きな火の塊が、鹿を追いかけその顔を横から焼く。
グオオオオオオ!!!
鹿が大きく横によろけた。
今とばかりに、エリンが鹿に向かって走る。
右手で髪を数本抜くと、左の腰から取った1本の木筒の蓋を口でかんでポンと抜く。
そのまま近くの木に飛び上がり、てっぺんまで枝をジャンプして駆け上がると空へと高く舞い上がった。
動きを止めた鹿に向かって、筒の中身を弧を描くようにまく。
中からクルミほどの丸い木の実が、鹿を取り巻くようにザッといくつも滑り出てくる。
エリンが右手の髪を針のようにピンと尖らせ、木の実に向けて一斉に投げた。
カッ! カカッ! コココンッ
髪の針は木の実を刺し貫き、円を描いて鹿の周りの地面に固定される。
エリンが木のてっぺんに着地して、指をパキンと鳴らす。
その瞬間、木の実が破裂して、それはまるで蜘蛛の糸のような網を鹿に向けて一斉に広げた。
「あの糸は蜘蛛の精霊、パルクークの糸! 動けば動くほど締まる!」
オオオオオオオオオオ……………!!!!
鹿が網に捕らえられ、ドスンと足を折り地に押さえつけられた。
起き上がろうとすると、キラキラと光る細い糸はますます鹿を押さえつける。
「 赤様!! 」
ホムラがリリスに叫び、リリスが手を高く掲げる。
「日の光よ! 今一度お力を! ぐっ!くうっ!! 」
リリスの手が白い光に包まれて、激痛が走る。
光は大きく強く、まるで火よりも強い高熱の塊となって、髪が焦げて右の顔まで真っ赤に焼けていった。
熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 痛い!!
「ぐっ! ガッ! ああああ、あ、あ、ぁひぃぃっ! あっつっ! くっ!! 」
ホムラのリリスを包む羽根も、リリスの手も、光に触れたところから焼け焦げて黒く変色していく。
それに耐えて、これをトドメとばかりに思い切りその手を振り下ろした。
「光よ! 切れ! 」
シャッ!! ドーーーーーンッ!!
ザザザザザザザ!!
大きく周りの地面にまで波動が響く。
あまりの威力に、三人は期待を込めて鹿に目をやった。
そうで無くては、あまりにリリスは貧乏くじだ。
「やっ…… た!! か?? 」
光は森を二分し、鹿を左の肩口から尻までを半分に断ち、リリス達の顔が思わずゆるむ。
だがしかし、次の瞬間黒い鹿はそれぞれが身体中からムチを生やして、頭の無い方の半分にも黒いムチで頭を形取り、それぞれが2本足で立ち上がった。
「なっ!! 増えた!! 」
リリスが、大きく息を吐いて、たてがみにドッと突っ伏す。
起き上がる力も無く、息も絶え絶えに黒く焼け焦げた右手をだらりと垂らした。
「な…… んてことでしょう、増えちゃいました」
ざわざわと、無数のムチで進む2本足の鹿に、ホムラが引いて口から火を吐く。
「どうなさるのです! 」
「ど…… しましょう…… コホッ、コホコホ…… 」
叫びすぎて喉が痛い。
口の中がカラカラだ。
前髪が焼けてパラパラと落ち、右半分の顔は赤く焼けただれて腫れ上がっている感触に、たてがみが触れると皮がズルリと剥ける。
悲鳴を上げすぎて、喉が痛くて声もかすれる。
「リリス様! お手が! 」
エリンが悲愴な顔で彼の焼け焦げた右手を見る。
力が入らずブラブラと揺れる右手はすでに、炭のように黒焦げで指も2本崩れて無くなっていた。
右手はもう駄目だ。
もう一度、もう一度左手で…………
ああ、でも………… また増えたら、切るだけで、無数に増えたら……
もう、本当に、痛いだけでちっとも力にならない。
ただ、木を焼いて森に真っ直ぐな道を作っただけなんて、詐欺じゃないかとさえ思えてくる。
「ああ…… お日様の力は、意地悪…… ですね。威力は絶大なのに、焼き切るだけとは……… 」
2体に増えた鹿の魔物がムチを伸ばし彼らを捕まえようとしてくる。
吐いていた黒いもやがあたりに広がり、周囲の草木が真っ白になって枯れていく。
やがて肩から生やした大きなムチの先から、ボタボタとヘドロのような泥を流し始めた。
もー、書いて痛そう。
補佐の二人は、逃げようとしないリリスの気持ちを汲んで立ち向かいますが、引くべきか迷います。




