306、日の力
リリスが胸に手を当て目を閉じていると、カナンが横から話しかけた。
「マリナは日の光に手を伸ばして、何か願い事を申されておられました。
力を貸して欲しいと」
「ああ! 」
リリスが、ポンと手をうちカナンの手を握る。
「承知しました! 助かります。力の出所ははっきり知らなくてはなりません。
日の光、なるほど、日と火は似て非なる物。でも、確かにお力になって頂けましょう。
この身体にある何かとの繋がり、それは日の力との道筋。
そのようなお力までお借り出来るようになれるとは、さすがマリナです。
ただ、未知のお力、どうなるかはわかりませんが…… 」
ホムラがリリスに頭を下げて、潜めるように声をかける。
まだ、リリスにその力があるのか確定出来ないだけに、彼が無理をするような大きな力は使わせたくない。
だが、他に当てに出来る力の源も無く、道が出来ているなら使うしか無かった。
「日のお力は、先代様もお使いになられていました。
元々赤の巫子は火の巫子であり、日の御子でもあるのです。
日の本御神は、フレアゴート様の双子神。
マリナ様はそれをご存じなのでしょう。
ですが…… 今は赤様には指輪が無い事をお忘れ無く、日の力は使い方を誤ると身を滅ぼすと聞いております。
とても大きなお力なのです。
指輪の無い状況で、しかも青の巫子のお身体で、どこまで出来るか…… 」
リリスにも不安は無いわけでは無い。
だが、眷族の無い自分には、使える力は草の根一本でも欲しい。
「確かに使い方は存じませんが、眷族の無い今、使えるものは多少無理してでも使うしかありません。
マリナも私にそれを託したのでしょう。あとは気合いです!
では、参りましょう!お二方! 」
「「 はっ! 」」
頭を下げる2人を前に、リリスが立ち上がる。
馬車に揺られてよろめく彼を、サッとホムラが抱き上げ姿を変えると、馬車の中では大型犬ほどの背に大小4枚の翼のある四つ足をした赤毛の獣となった。
首元にある白いたてがみは赤いムチ状のものが混じり、グレンの髪にもよく似ている。
「ああ…… あの時は夜でわかりませんでしたが、このようにお美しい色だったのですね」
内側の小さな翼は優しくリリスを包み、彼が落ちないように固定する。
首回りから背中へ続くたてがみがふわっと敷物のように優しい。
長いシッポがパシンと床を叩き、これなら大丈夫と、リリスがエリンにうなずいた。
「リリス! ご武運を!」
「カナン、ありがとう! 皆様! 行きます! 」
「はっ! 」
エリンが馬車の後ろのドアを開けると、ホムラがバッと飛び出した瞬間、後ろを守る兵の馬が迫る。
それを一息に飛び越した。
「おおっ!! 」
兵が驚いて思わず声を上げ、身を起こして目で追う。
ホムラは馬車を出て走るたびに、身体がグンと大きくなってゆく。
その首の白いたてがみがなびき、リリスはそれに掴まると振り落とされぬよう身を伏せる。
風のように走る獣のホムラに追いつくのかとエリンの姿を探すと、彼はまったく遅れること無く、時々大きくジャンプしながら俊足で追いかけてきていた。
黒いものは、すぐ近くだ。
リリスが意を込め、右手を空に伸ばす。
「日であり火でない御方に申す!
この身の願い聞き届けたるは、汝、慈愛に満ち満ちて、御身ますます栄えあれ!
我、この身であってこの身で無い者なり!
我は青の火の巫子と身を分かつ、赤の火の巫子!
フレアゴートの導きにより、迷える物を浄化せし者として参上した!
汝、日の御方! 我に力を与えたまえ!
生なる者をことごとく照らすそのお力を、一時この身に与えよ!
なれば、後々火と共に、尊き汝を崇め奉らん!
我ら火の子は日の子なり!日の元神よ、御手《みて》を差し伸べたまえ! 」
声を上げた時、心の奥の深淵から女性の姿がせり上がってきた。
それはリリサレーン、日に向かって上げる手に彼女が手を添える。
『 青の身体に指輪も無き身で無茶をする 』
声が頭の中で響き、次の瞬間、日の光がまぶしいほどに輝きを増した。
無数の小さな輝きの手が宙に現れ、リリスに手を差し伸べて身体を包み込む。
リリスの、マリナの身体がざわりと総毛立った。
まずい!! これは、この力は、思った以上に力の質が違う!!
マリナの器は大きいけれど、この身体が耐えられるだろうか?
ギュッと思わず唇を噛み、掲げる手の平を広げる。
頭から日のように輝く小さな無数の手が、身体中をまさぐるように巻き込みながららせんに降りて来た。
「 うっっ !! 」
ホムラの背の上で、リリスがビクンと身体を震わせた。
「 赤様?! 」
日の力が容赦なく、身体中が燃えるようなその手の熱さに、思わず硬直してリリスが身をそらす。
「 うあっ! あっ! あっ! あっ! あああーーーーーーっ!! 」
小さな手が、顔を、首を、胸を、腹を、股間を、尻を、そして太腿から足先までをゾルゾルと撫でまわすように降りてくる。
その感触の気持ち悪さよりも、あまりの熱さに身体中が火を噴き、思わずリリスが身もだえして、胸をかきむしる。落とさぬようにホムラの翼がギュッと締まった。
「ああっ!! あっ!! あーーーーっっ!!
ヒッ! ヒィーーーーッ!! いっいっ!! あーーーっ!!
あっ! あっ! あっ! ひいいいいいい!! 」
身体中が痛い! 焼け付くように、形容しがたい熱さに燃え尽きそうだ。
「赤様! 赤様! お気をしっかり!! 」
息をっ! 息を整えなければっ!!
まるで、煮えたぎる溶岩の中に放り混まれたのではないかと言う気さえする。
リリスは耐えがたい痛みと恐怖に、とうとう両手で髪をかきむしった。
「 ぎゃあああああああアアアアアア ッッ !!!! 」
日のことを神官達がリリスに言わなかったのは、指輪の無いリリスが容易に使おうと思わないようにです。
それほど危険な力なのでしょう。
リリスの悲鳴にホムラが後悔したのは言うまでもありません。




