305、エリンとホムラに再会する
エリンを背に乗せたグルクと言う鳥の姿のホムラが、黒い鹿の様子を見る。
「高度を落としてどのようなものかを見る」
「わかりました、ご注意下さい」
ホムラが、黒い鹿の姿を確かめるため、ぐるりと背後に回り込み徐々に高度を落とす。
すると、いきなり鹿の背からムチ状の物がのびて、ホムラの首に巻き付こうとした。
ホムラが、口から火を吐いてムチをやり過ごそうと高度を上げ逃げる。
だが、焼け焦げたムチは、どこまでも追ってくる。
「まずい!目をつけられた!」
ムチはホムラの下で、その先を球状に膨らませ、爆発するように広がるとホムラ全体を包み込もうとした。
エリンの懐に入れていた火打ち石が、飛び出してエリンの前で輝く。
「火打ち石が!そうか、力を貸してくれ!」
エリンが石を手に取り、カチンと鳴らす。
ボンッ!ゴオオオオッ!!!
火打ち石から火球が生まれて、2人の周囲を守るように広がった。
ホムラが、それに合わせて周囲に火を吐く。
するとムチは燃えかすになって風に散っていった。
「助かった!どうされる?私は降りた方が良くは無いか?」
「一旦青様の元へ行こう!あの馬車に乗っておられるようだ」
「巫子のところですね、わかりました!」
ホムラが一気に下降し、馬車の前方に併走して飛ぶ。
エリンが兵達に手を上げ、声の限りに叫んだ。
「我ら!巫子の守り手でございます!どうか巫子への拝謁のお許しを!!」
しかし、兵達に返答する余裕が無い。
辛うじて1人が手を上げる。
すると、馬車の中から御者台に、マリナの姿のリリスが顔を出して手を上げた。
「エリン様!ホムラ様!後ろを開けます!!」
後ろからカナンに支えられて、銀の髪の少年が手をブンブン振っている。
「何故我らの名を?」
エリンが不思議に思っていると、ホムラが馬車の後ろに回る。
カナンが急いで馬車の後ろにある両開きのドアを開き、ホムラが翼をたたんで一気に馬車の中へと飛び込んだ。
馬車の中ヘと入った瞬間、エリンはすぐにホムラから飛び降り、ホムラは人の姿に戻る。
そして膝を付き、2人が頭を下げた。
「我ら火の神官、遅れ馳せながら参じました。マリナ様」
あまりの素早さに、カナンが驚いてマリナの前に出て盾になる。
「火の?それは……あっ、ちょっとお待ちを」
するとカナンに飛びつき、マリナの姿のリリスがうれしそうな声を上げた。
「お久しぶりです!お二方!」
「え?は?」
「リリスです!!」
前に飛び出し、ポンと2人に飛びつきギュッと両手で2人の首に抱きつく。
「え?ええ!!??何故そのような事に??」
「マリナが入れ替わろうって、追ってくる魔物の撃退を頼まれました。
ですが、この身体では風の魔導が使えないのです!困っていたけど、これで千人力!
すでに皆様の馬が疲れています。
ホムラ様、私を乗せて退治に向かって下さい!
あ、あと、この身体ふにゃふにゃです、エリン様私の補助をお願いします。」
リリスが、困った顔で身体をふにゃふにゃしてみせる。
ホムラが前垂れをあげてエリンと顔を見合わせ、意味が良くわからず首を振った。
「鍛えてないのですよ、マリナはずっと寝ていたので、体力がからっきし無いのです」
「なるほど、そう言うことで。承知致しました、補佐はお任せを」
二人が大きくうなずいた。
「しかしどうなされるのか?空から近寄っただけで攻撃されます。
かなり毒々しいもので、触れただけで蝕まれるやもしれません」
リリスが顎に指を当てて何度もうなずく。
ふと、御者台の向こうに見える。馬を飛ばす兵士の姿に目をやった。
「わかりました、では同行される方々から離れる必要がありますね。彼らはマリナの守護に来ています。
来るなと言っても来られるでしょう。レナントの騎士は皆様勇猛果敢でございます。
しかし、魔物相手には人間は無力です。私はレナントへの最初の旅でとても良くわかりました。
魔物相手に戦うのは、戦える者のみ。それは原則です。命に関わります」
「承知しました、ではこちらからも向かいましょう。できるだけ離れた場所で接触を。
奴の身体は形を変えて手を伸ばして参ります。恐らく捕まったら汚されるやもしれません。
巫子にはそれは致命傷となるかもしれません。ここにフレア様はいらっしゃらないのです、どうかご無理はなさいませんように」
「はい、この異様な雰囲気から承知しております。
先ほど言いましたとおり、この身体、立ち回りに不安があって、恐らく私は走れません。
マリナは眠っていた時期が長いので、まだ体力がからっきしです。
ホムラ様、私を乗せて下さい。ただ、しっかり固定して頂かねば、落ちるかもしれません」
「承知、空からでございますか?」
「いいえ、えーっと、ほら大きな犬みたいな。
まるで風のように走り抜ける。
私はあのお姿が大好きです!…と、好き好きの話ではありませんね。
あのお姿が一番動きが俊敏です。
よろしくお願いします」
ホムラの顔が、赤く染まって顔を隠すように前垂れを落ろす。
「で、倒す首尾はございますのか?」
ちょっとすねたように聞くと、リリスは爽やかなほどに清々(すがすが)しく笑う。
「いいえ、特に何も。いつものように成り行きでございます」
はあ〜と、大きくホムラがため息を付き、エリンがクスリと笑う。
「その為に我らがおります、お気の済むようになさいませ。
その代わり、危険と判断しましたら……」
「潔く引きます、その力は残すようにしなければなりません。
ただ、このマリナの身体は力が満ちております。
何故でしょう、眷族はおりませんのにこれは……」
リリスが胸に手を当てる。
胸の奥底に、フレアゴートとは違う、何か暖かな光の道が出来ているのを感じていた。
ミスリルの彼らはレナントの城に登城することが出来なかったので、マリナが旅に出るのを待っていたと思われます。
いまだコソコソと隠れるように動かねばならないミスリルには、ホムラもガッカリかもしれません。
ミスリルは精霊や妖精と人間のハーフですが、精霊界にも入れず、人間にも異端のものと嫌われています。
それでも、リリスは何のちゅうちょも無く抱きついて喜びます。
大好きと頼りにしてくれる彼の気持ちは、素直すぎて彼らの心はいつも救われます。