304、入れ替わりました
御者台から落ちてくる彼を、慌ててカナンが飛び出して抱き留めた。
「あっつっ!」
火を恐れるカナンが透明に燃える彼に、思わず声を上げる。
だが、落ち着いてみれば熱くない。
それは暖かく赤い輝きに変わり、白銀の髪の輝きが青から赤に変化していく。
「マリナ、マリナ、しっかりしてください」
揺り動かされ、マリナは一時を置いてパチッと目を開け、いきなり飛び起きた。
キョロキョロ見回し、自分の手を見る。
カナンを見て、自分の服を見る。
そして、ようやく状況を把握して声を上げた。
「エエエエエエエエエーーー!!ホントに??ホントに変わっちゃったのですか?!」
首をブンブン回して辺りを見回し、再度カナンを見ると赤い顔でぺこりとお辞儀した。
「これは!お久しぶりですカナン様。なんです?状況がよくつかめません!」
「えっ?えっ?まさか、リリス様?」
「はい!お久しぶりです!」
ピョンと起き出し、お辞儀して御者台に駆け出す。
外を一望し、姫に目をやると驚いた。
「あっ!もしかして、本当にレナントの姫様でございますか?!
なんと言うことでしょう!お初にお目にかかります!私はリリ……」
ゴットン!
「…うわぁっ!」
お辞儀をしていて山道に馬車がはね、御者台から弾みでひっくり返りそうになった。
御者の男が慌てて片手で支える。
「大丈夫でございますか?」
「すいません!すいません!すいません!
なんか、この身体はこう、ヘニャッとしてて踏ん張りが……あっあっ」
よろけて倒れそうになり、御者の男に抱きつくと、男が何故かぽっと赤くなった。
「リリス様!しっかりなさって!はしたのうございますよ!」
後ろからカナンが慌てて御者から引き剥がす。
「どうぞこちらへお座りなさいませ」
苦笑いの御者の手を借りて、隣に座らせて貰った。
「す、すいません!ああ、びっくりした。」
突然、マリナが活発になって皆が驚く。
姫が、馬を走らせながら少し怪訝な顔で彼を向いた。
「マリナ様!?」
「いいえ!私は赤の巫子リリスです!はじめまして姫様、マリナからお話伺っております!
あと、追いかけてくる魔物をよろしくと。」
驚いて姫が横の騎士と目を合わせる。
騎士がリリスを知らない姫に、笑って声を上げた。
「なんと言うことだ!これで光明が見えたぞ!みんな!リリス殿だ!もう一人の火の巫子がお見えになられたぞ!!」
走り続ける一行に、口伝いでリリスのことが伝わる。
皆が顔を上げ、おーーー!!と声を上げた。
「ピピッ!!来るわ!来てるわ!凄い勢いで!!」
ヨーコ鳥がカナンの元へ来て、慌てたように叫ぶ。
リリスが、懐かしさに思わず彼女を両手で包み込んだ。
「ヨーコ様!!お久しゅうございます!リリスです!カナン様に付いていて下さったのですね?!」
「リリス?!ほんと?!やだ!ピピピピピピピピ!!ピーーーーー!!」
はためきながら喜んで、彼の顔にバタバタ飛びつく。
だが、今はそれどころではない。
「あっ!!そうだわ!追ってくるの!凄い勢いで、あれは、黒い鹿みたいな化け物よ!!」
早朝から飛び立ち、ゴウゴウと風を切り、レナントに向けてグルクの姿で空を飛ぶホムラがふと地上に目を向ける。
少しスピードが落ちたことにエリンが気がつき、彼の背に伏せたまま声をかけた。
「なにか?まさか、ここまで来ていらっしゃるのですか?」
背に伏せたまま語りかけると、グルクの背を伝って籠もった声が聞こえてきた。
「地上に魔物の気配がする。」
ホムラは普通のグルクの倍のスピードで飛んでいるような体感がある。
風圧に、身体を上げられない。
彼の疲れはホムラも感じていて、休み無しで飛びたいところを、昨夜は地上に降りて一晩ゆっくり休んだ。
エリンはひどくすまなそうだったが、ホムラも黙って首を振る。
ホムラ自身、気を配らねばならない付き合いが、なんだかひどく新鮮でさほど苦にならない。
ただ、青の巫子のことを何も知らないエリンに、昨夜は巫子について少し話して聞かせた。
「青と赤の巫子はまったく性質が……お仕事が違うのですね。
教えて頂いて感謝致します。」
エリンが礼を言うと、ホムラが首を振った。
「なに、次代に引き継ぐのは我らの仕事の一つ。
だが、ミスリルの血がここまで薄くなるとは思わなかった。
汝らはすでに人に近い。変身する者など今世にいるのだろうか?」
「たまに話を聞きますが、容姿が甚だしく人から離れるものは、仕事も無く地下の村で一生を過ごすか、はぐれになると聞いています。
我らは生活も厳しく、人には追われる立場です。」
「そうか、今も昔も人で無い者は生きることが厳しいものよ。
巫子はそれをお救い下さった。今世のミスリルは地下に暮らす。 だが……
我らがいた頃は、地上に住んでいたものを……」
その言葉に、エリンが愕然と顔を上げた。
言い伝えは、本当だったのだ。
本当に、ミスリルたちは地上で、太陽の下で暮らしていたのか。
あの、暗い、地の底の地の精霊王の力なくては暮らすことも難しい地下では無く、この明るく空には日が輝き、風が吹き、キラキラと日の光を反射して輝く水の流れる地上に。
「いたぞ!追われておいでだ!」
ホムラの声に、ドキッとして顔を上げると下を見る。
馬車を一両真ん中にして、前と後ろを馬が守るように配置され森の中を走っている。
そしてその後方を見ると、黒い鹿が、黒い煙を吐き出し一目散に追いかけていた。
入れ替わりなんて、リリスは考えもしなかったことです。
それをいとも簡単にマリナはやってしまいました。
出来ると言うことを知っていたのかもしれませんが、心は赤の巫子、身体は青の巫子です。
はたして上手く行くのでしょうか?




