303、戦える巫子
メイス……マリナ・ルーが顔を上げる。
カナンがふと、声をかけた。
「どうしました?」
森の中、馬車に揺られ、道の悪い中で時々荷台が大きくはねる。
奥に敷き詰めたクッションの中で、マリナが口に手を当て周囲を見回した。
白いシルクのボタンの無いシャツに緑の柔らかい綿のズボンに温かなオリーブグレーの上質の上着を羽織り、火の腕輪をギュッと握る。
彼は、レナントから騎士や戦士たちに守られて、本城のあるルランへ向かっているのだ。
魔導師を供につけたかったが、それはレナントの城が手薄になるので出来なかったのが悔やまれる。
ガルシアは、こんな事ならイネスを先にルランへやるのを許すのでは無かったとぼやいたが、何故かマリナは助け手が来るのでご心配なくと言って、カナンやガルシアの妹姫ルシリアと共に20人ほどの騎士や戦士を連れて出発した。
「赤の巫子が呼んでる、私は行かなくては。きっと、リリが困っているのです。
でも、この感じ……なにか黒いものが来ます。」
「黒いもの?それは?」
「チチチ、カナン、私空から見てくるわ」
「ヨーコ様お願いします、危ない物を見つけても近寄ったら駄目ですよ」
「チチ、わかってる!」
ヨーコ鳥が、カナンの肩から飛び立ち馬車の外に出た。
マリナが不安定な馬車の中でよろめきながら立ち上がり、御者の横から顔を出して、馬車の横に並んで馬に乗って小走りで走るルシリア姫に手を上げる。
「姫!姫!お願いがあります!」
ルシリアが、馬を馬車に寄せた。
「何かございまして?」
「私はしばらく赤の巫子の元へ参ります。
身体は置いていきますから、よろしゅうお願いします。
黒いものが来ますが、何とか助け手が来るまで持ちこたえて下さい。」
「黒いもの?!」
「ええ、汚れたものです!恐らく、人が闘っても勝てません。
助け手がこちらへ向かっています、私は……私は闘う巫子ではありません。
どうか、逃げて、耐えて下さい。このまま、走り続けて下さい!もっと、もっと早く!」
外の風に当たると、黒いものの姿の情景が視界にドンと大きく迫っていた。
黒いもやを吐き出し、怒りの形相で一目散に駆けてくる異形の鹿が、声無き雄叫びを上げてくる。
あまりの圧迫感に、胸が苦しくなる。
これは、自分を殺しに来るのだ。
ああ、なんと言う恐ろしい、心まで黒く染まりそうなこの……どす黒く渦巻く悪意。
思わず顔を覆うマリナに、姫が後ろを振り向き唇を噛んだ。
姫と視線を合わせ、ルシリアの横を走る団長の騎士が前に出る。
そしてマリナに手を上げ胸に手を当てた。
「お任せを!我らレナントの戦士、命を賭してもあなたを守って見せましょう!
我らはあなたの盾になっても構わぬ!
その為にここにいるのです!」
そんなこと……私は望んでない。
「いいえ……いいえ、なりません!!そのような事!私は………」
マリナが息を呑み、目を閉じてとクルリときびすを返す。
馬車の中のカナンが、外を指さした。
「あなたは巫子なのですよ!しっかりなさい!」
その言葉に、ハッと大きくうなずく。
心を落ち着け考えを巡らせる。
助け手は、もうすぐ合流出来るだろう。
でも、彼らに倒せるだろうか?
自分は身体を置いていったらただの荷物でしかない。
でもこの身体は魔物を惹きつけてしまう。
戦う、戦える者は………………戦う…………巫子!
パッと顔を上げてそして振り向き、御者の横に立ち日の光の降り注ぐ空へ両の手を伸ばした。
「天に燃ゆる火の玉よ!我が身は眷族も無し、我が身を守るすべも無し!
ただし、汝の火の下で、火を崇め火を導くものなり!
火は聖なる御霊なれば、今後ますます栄えあれ!
青き火赤き火一つであれば、汝敬い奉る!
御身、敬う火の御霊であれば、汝の子に一時の力をもたらせたまえ!
我が身に赤い火の巫子口寄せて、黒き魔物を退く力となれ!
赤き火の巫子、この身に宿れ!
戦いの巫子、破魔の力を持って黒き魔物を退散せしめよ!!」
一瞬、マリナの身体に日の光が集中して差し込み、燃えるように輝いた。
マリナの身体が、後ろにゆっくりと倒れる。
『 リリス! 私の赤! 』
『 マリナ? マリナ来て! 』
マリナが心を飛ばし、自分を呼ぶリリリスの元へと飛んで行く。
それは空を飛ぶのでは無く、火の巫子の心の繋がり。
白い輝きの中で大きく手を広げるリリスに手を伸ばし、手を握るとグッと引き寄せた。
『 え? 』
いきなり引き寄せられて、リリスが驚いてマリナとおでこをくっつける。
『 リリ、僕、魔物に追われてるの。こっちはまかせて。向こう、お願いね? 』
『 え? それって?? 』
『 今、レナントのルシリア姫と従者連れて、森の中をルランに向かってる途中なの。
なにか黒いものから追われてて、逃げてる最中。じゃ、お願い! 』
ポーンと手を引かれて入れ違いでマリナの来た方角へと投げられる。
『 え?お願いって?え?ええええーーーーーー……… 』
『僕の身体、どうなってもいいからー!姫をお願いねー!』
『ええええ!!!姫ー???』
リリスはいきなり青く輝く方へと向かって放り込まれ、遠く離れてゆくマリナに手を伸ばした。
戦えてもその力の元になる物がない。
マリナは考えを巡らし、お日様に頼みました。
日と火、似ているようで違う物。
リリスは果たして使いこなせるでしょうか?




