300、地の王の望み
セフィーリアが、王都ルラン近くの森の上空を眷族に囲まれ、なにかを探すように飛んでいた。
空はどんよりと曇り、南風の精の機嫌が悪く、時々びょうと音を立てて吹き荒れる。
眼下の森を見渡し、探るように耳を澄ませる。
ため息をついて南に手をやり、空に向けて輝きを放った。
「ぬるい風よ。南のネルラか、邪魔するでない。
今はお前の吹く番では無かろう?気を乱すな。」
ふと、眷属の一人が指さす、その先に目を移す。
セフィーリアがうなずくと手で皆を制し、一人その場へと降りていった。
ひときわ大きな木の上から、ふうっと息を吹きかける。
木はキラキラときらめき、そして木の精がひょっこり現れてセフィーリアに向けてお辞儀した。
「汝の主はいずこじゃ」
セフィーリアが問うと、精霊が両手で誘うようにうやうやしく足下を指す。
「承知した。汝には良い風が吹くであろう」
うなずいて、その木の足下へと飛んで行く。
普通の森の景色しか見えないその場に降り立つと、その木の根元で弱々しく蕩々と湧き出る泉が現れた。
セフィーリアが小さくため息を漏らし、首を振る。
「お主ほど傲慢で、自信に満ちあふれ、人を欺いてばかりの歪んだ精霊はおらぬ。
そのくせその愚かさをいつも悔いては涙を流し、小さく打ち震える。
まるで迷い子のようじゃ。
シールーンが心配しておるぞ、いつまでそうしている気だ。
お前の巫子はリーリについていてくれるが、お前がこれではあの子も力を発揮できぬ。
リーリはまだ眷属が開放されておらぬ、このままでは二人とも命が危ういぞ。
お前の子の居場所はどこだ、ガラリアの再生はどうした。
お前がしっかりせぬと、この好機を逃してしまう。」
ひゅおおおおおおぉぉぉぉぉ………
うなりのような、泣き妖精のすすり泣きのような、声ともつかない地響きが辺りに響く。
セフィーリアがブルリと震えて形を崩し、一瞬身体が透けて見えなくなった。
「手のかかる精霊よ、おおお、我まで汝の哀しみに引きずり込まれる。
ガラリアよ、ガラリア! いずこじゃ!
姿を現せ、伴侶の元に、汝の慈悲を示せ! 」
彼女の声に応えるように、泉がふわりと緑色に輝く。
水面が渦を巻き、静かに、薄くなにかが浅い水たまりの奥の水底から浮上してくる。
それは、12,3のまだ年端も無い少年のような、白い肌に金の髪、尖った耳の半分透き通った精霊。
輝く身体に長い金のマツゲを揺らしながら、うつむき、目を閉じて現れた。
それは、ガラリアの再生した姿。
その輝くほどの美しい姿で大きく吐息を吐いて顔を上げ、腰まで姿を現した。
白く華奢な腕が水を湧き出す小さな石ころを両手ですくい上げると胸に抱き、一糸まとわぬ身体に長い金の髪を巻き付けている。
「 風様、お久しゅうございます…… 」
あたりに響くような優しい声が水面を揺らし、泉の周囲に一斉に花を咲かせる。
ガラリアは人とは思えぬ美しさに輝き、長い髪の先には金のツタが伸びて絡まり、それが身体に巻き付いて若葉色のドレスを作った。
泉の中から階段を上がるように、泉を出て土を踏みしめる。
ドレスから一歩を踏みだすたび、地の祝福のように彼が触れた場所には若葉が伸び、美しい花が咲き乱れる。
それは、セフィーリアさえ思わずうっとりするほどの美しさに小さく首を振り、感嘆の息が漏れた。
「おお……、 ガラリアよ、なんと言う、なんと言う美しさよ……
無事に、再生はすんだのだな?
ああ…… ヴァシュラムが虜になるのはうなずける。
元々汝は人間離れしていたが、なんと言う美しさよ、ますます人から離れてしもうたな。
汝はすでに、我ら精霊の仲間…高位の王位眷族と言っても間違いは無い。
それほど伴侶の思いが強かったのであろう。」
ガラリアが、やさしく微笑む。
それは穏やかで、心がほんの少し満たされたように落ち着いている。
石から流れ出す水は、彼の胸をつたり、ドレスを伝って彼の足下にまた水たまりを作っていた。
「風様、私の王は、やっと私を… 一人立ちさせて下さいました… 」
「おお! まことか! なんと、長かったのう、よう耐えた。
しかし汝の身体は…… 」
「ええ……、 私は、王と共に生きることを選びました。
このお方は、とても不器用な方なのです。
王の半身は、私を思うあまりに、このようなお姿に。
おお、私の王よ、感謝します。
私の大切なあなた、どうか私のために泣かないで。
私はあなたと共に生きる事を決めたというのに。」
ガラリアが石を撫でると、その石が輝き、そしてただの石ころが宝石のように輝き始める。
それは、ガラリアの瞳のように緑に透き通り、そして形を変えて腕輪になった。
「今、あなたの心は、この腕輪のように澄んで輝いている。
ヴァシュラム、あなたが私を大切に思うのならば、私もあなたを愛するでしょう。
イネスの元で、私の事を待っていて、地上の半身。」
愛おしそうに、腕輪にそっと頬を当ててキスをする。
腕輪は、喜びに震えてポッと輝きを放った。
「風様、私は人の姿を取り戻すのに、もう一時お時間を頂きます。
どうか王をイネスの元に。」
「承知した。確かにイネスの元へ預かった。
だが汝は……… 」
彼の手から緑の石の腕輪を受け取るとき、ふとセフィーリアがガラリアの手に触れる。
ハッとした顔で彼女は、ガラリアの白い手を握った。
「なんと言う……、 ヴァシュは思い切ったことをする。」
驚く彼女にガラリアが微笑む。
「さすが風の女王、あなた様には隠し事は出来ませぬ。
ええ、そうです。私は、私たちは…… 」
ガラリアが、そっと胸に手を当てる。
すると、彼の身体が二重に別れ、彼の背後に重なって彼を抱いているもう一人の女の姿が現れた。
「これは王の望み、それを私は受け入れた。
私は、王に取り込まれたのでは無く、王が “私の一部” になったのです。
私はガラリア、そして…… 」
『 わらわはヴァシュラム、そしてアリアドネ
わが愛しのガラリアよ、常しえに共にあれ…… それこそわらわの長の希望……
汝はわが半身でさえも無く、わらわこそが汝の一部となった。
セフィーリアよ、笑いたくば笑え。
ああ、ようやく…… ようやく望みは叶った! 』
大地が喜びに輝き、ガラリアを抱きしめてヴァシュラムの女性体であるアリアドネが彼の身体に溶け込んで行く。
「私は、もう一人では無い…… ああ、リュシエール、私たちの大切なリュシエール。
必ず迎えに行くよ、必ず……… 」
ガラリアが手を合わせ、願うように地に伏せる。
彼のドレスが無数のツタに替わり、彼を包み込むと、彼の身体はそのまま地に消えた。
無理矢理ガラリアを取り込むことでガラリア自身を壊すなら、自らがガラリアの中に取り込まれよう。
アリアドネは、そう考えたのです。
男性体であるヴァシュラムよりも、女性体のアリアドネは、元は一つの神でありながら、柔軟にどうにか共にありたいと、べったり24時間永劫にコバンザメでありたいと考えを巡らします。
ガラリア自身は、受け身でやれやれ仕方の無い精霊だねって感じでしょうか。
懐の大きい人です。




