フェイクの反撃
黒い鹿が、レナントへ走り出す。
その視線の先をトカゲの目を通して見ると、それは彼と繋いだ糸を残してひとりでに動き出した。
「くくっ、くははっ!! いいぞ、何としてもレナントの火の巫子を殺すのだ。
まだ、まだ目覚めていないはずだ。
塔にいる時、堕落した魔導師の男どもに身体を汚させ、巫子としては汚れた身体で三流だ。
だが、どんなガラクタでも青の巫子が目覚めるのはマズい。
あのリリサ崩れの赤の巫子に力を与える事になる。」
コマが欲しい。
ふと立ち上がり、奥の部屋のリュシーの元へと歩き出す。
3つ部屋を通り、一番奥の角部屋に来ると中央の両開きのドアの前に立つ。
ここは開け放し隣室と続き部屋に出来る作りだった、忌々しくも一番明るい部屋だ。
ノックもせずドアを開くと、窓を木戸で閉じた暗い部屋の中、ベッド上に眠っているリュシーの姿が見えた。
「この、のんびり昼寝か、ふざけた…… 」
踏み出した足に、ポッと火が付いた。
「ひっ! ひいいっ!! 」
恐怖に駆られ、驚くほどに取り乱して部屋を飛び出す。
部屋を出ると、火は消える。
ガチガチ歯を鳴らし、顔を上げたランドレールの前に、いつの間にかフェイクが愛らしい顔で微笑んで、胸に手を当てお辞儀した。
「これは主がご無礼を。
休むので、邪魔が入らぬようにと結界を作ったようでございます。
御容赦下さい。」
「お、おのれ、この私が用があると言っている! 」
「主は、お休み中でございますので。私がご用をお預かり致しましょう。」
フェイクの黒い瞳が、ほの青く輝く。
そして、耳まで裂けるほど口を裂いてニヤリと笑った。
「貴様、何者だ。
貴様、本当にアレの作り出した下僕か? 」
「これは異な事を、私は主様の作り出した…… 」
突然、王子がフェイクを殴った。
突然の事に、まともに拳を浴びてフェイクの顔が半分吹き飛ぶ。
再度殴ろうと手を上げる王子を見上げて、半分の顔のフェイクが黒い獣の顔に変化する。
構わず振り下ろす王子の拳を瞬時にバクリと噛みつき受け止めると、拳を口に含んだまま口からぼうと火を吐いた。
「ぎゃああああ!!! 」
王子が、驚くほどの悲鳴を上げ、リュシーの口から腕を引き抜く。
腕は別段火傷した訳でも無く、変化が無い。
「 く…… この! 」
歯がみする王子の悲鳴を聞いて、兵がバタバタと集まってくる。
「王子! いかがなさいました?! 」
王子が思わず恐怖を感じるような形相で振り向く。
思わず数歩退いた兵たちに、また可憐な少年の顔に戻っているフェイクをわなわなと指さした。
「こいつを捕らえろ!! 地下の牢へぶち込め!! 」
「ははっ! 」
フェイクはしかし、慌てる様子もなく立っている。
兵の一人が腕を掴もうと手を伸ばすと、その手はつかみ所が無く空を切る。
「え? 」
少年は、確かにそこにいて、にっこり清々しいほどの微笑みをたたえて大人たちを見上げているというのに、実体が無いと言うのだろうか。
「ええ?? 」
何度も何度も掴もうとする。
手が顔さえ通り抜けて、兵たちは戸惑い気味に王子を振り返った。
「駄目です、掴めません王子。魔導師を呼んで参りましょう。」
魔導師と言われて、王子が目を見開く。
リュシーの出自がバレたら、自分の身さえ危うくなる。
「もうよい! 下がれ! 」
「し、しかし! 」
「下がれ! さっさと出て行け!! 」
王子の機嫌の悪さに、兵たちが慌てて部屋をあとにする。
「この、無礼者! 」
腹立たしそうにフェイクを睨み、ツカツカと歩み寄るとその顔にまた拳を振り下ろす。
拳は空を切って、フェイクがニイッと笑った。
「我は主の下僕。汝の下僕では無い。それをゆめゆめ忘れるな。
クカカカカカカ 」
また耳まで裂いた口で笑い、長い舌で唇をべろりとなめる。
王子が怒りの表情で身体から黒いもやをあふれさせ、フェイクの身体を突き抜けて部屋に入ると黒い手がベッド上のリュシーに向けて手を伸ばす。
その手の先から真っ黒いもやが伸びてその先が巨大な手となり,リュシーを掴むほどに大きく広げた。
その手がリュシーの身体を掴んだ瞬間、王子が振り返りフェイクにニッと笑う。
だが、そこにいたのはリュシーだ。
フェイクはいつの間にかリュシーに変わり、黒い手が掴んだのはフェイクになっていた。
「い、いつの間に変わった?!! 」
叫んだ瞬間、黒い手で掴んだフェイクが燃え上がる。
「ひっ! ぎゃああっ!! ひっ! ひいいいっ!! 」
フェイクから黒い手を離そうとしても、その手は動かず火が舐めるように王子の方へとゆっくり進んでくる。
「たっ、 助けて! た、た、 」
「 主に触れるな 」
「わ、 かった、わかったから…… 」
ガクガク顔を引きつらせ、凍り付いてその場に腰を抜かしてへなへなと座り込む。
火は王子の手前で消えて、その瞬間、追い出されるように王子の身体が床をすべり、部屋から放り出された。
リュシーが無表情にそれをじっと見つめる前で、部屋のドアがバタンと閉まる。
王子は床を這って、泣きながら拳を振るわせた。
「 火が…… 火が…… 恐ろしい…… 」
思いがけない弱点が露呈した。
それは、生前火の指輪を付けて死んだ自分の死因に直結する。
彼は、死んだ妹のリリサレーンから奪った火の指輪をその手に付けたのだ。
指輪は火の巫子ではない人間に拒否反応を示し、王子の身体を、その命が尽きるまで燃やし尽くした。
彼には、焼死した記憶が、ありありとした恐怖として残っている。
王子はガクリと全身から力が抜けて、傷一つ無い両の手を見つめ顔を覆った。
王子の身体を乗っ取ったランドレールは、相談役を無くして焦りがあります。
開放されたとも感じているので、後先考える事も無くコマを作ろうと躍起です。
それはランドレール自身も王子だったので、周りはすべてが自分の思い通りに出来る、出来て当然だという思い込みもあります。
ルークたちは王子がすでに黒幕だと知っているのですが、相手が王子だけに強く出る事が出来ません。
王子は、王子という生まれに守られています。
非常に厄介です。




