館への来客
その翌日、従者らしき男を連れた騎士が1人、セフィーリアの館へ近づく姿が見えた。
地下からリリスに付いてきた一本角の犬は、地上が珍しいのか日中はずっと角を引っ込めた普通の犬の姿で、近所や山をうろうろしている。
ちっとも帰ってこないのでリリスに怒られながら、またいつの間にか遊びに行っては帰ってこない。
山でウサギを追って遊ぶのにも飽きて、やがて木の上のてっぺんに登って、辺りを見回す。
ふと、ミュー馬に乗ってセフィーリアの館へ続く丘を登ってくる2人の男に目をやると、身を乗り出してじいっと見ていた。
「オキャ、クサン、オキャ…、オキャクサン!」
リリスの言葉を真似ていると、しかし、様子が違う。
ミュー馬は館の近くまで来ると、なんだかばつが悪そうにクルリときびすを返し丘を降りて行く。
後ろの男が並んで何かを話し、また丘を登り始め、また止まった。
ひどく迷っていて、見ているとモヤモヤする。
「わふっ!オキャ、クサーン!」
犬は木のてっぺんからぴょーんと飛び降り、タタッと走って彼らの後ろに走り出ると、ムクムク身体を大きくして牙をむいた。
「オギャグガアアアアア!!!」
「な、なんだ!!ギャアアアア!!化け物!!」
「ひ、ひいい!!ミリアム様!お逃げ…逃げましょう!!」
従者の男が、先になって館の庭へ駆け込む。
泡食って、ミリアムもあとを追った。
「ガルルルルル!!グガアアアッ!!!」
「ひいいいいいいい!!」「待て!待ってくれえっ!!」
ザザッザッザッザーーー!
突然現れた彼らに、水汲みするゴウカを手伝っていたリリスが、キョトンと目を丸くして立ちすくんだ。
「な、な、なにごとでしょうか?!」
「赤様!お下がり下さい!」
ゴウカが桶を放り出し、リリスを抱えて館へと向かう。
騒ぎを聞きつけて、いち早く台所を手伝っていたグレンが駆けつけてきた。
「何事か!」
「人間の男2人、侵入者です!」
「侵入者だって?!」
バタバタと騎士たちも剣を手に飛び出してきた。
「た、助けてくれええええ!!」
「助けて下さい!化け物が!」
「ミリアム様?!どうなさったのです?」
飛び込んできた二人を見て、ミランが前に出た。
二人はミュー馬から飛び降りて、慌てて見知ったミランへと飛びつく。
「おお!ミラン殿ではないか!化け物が追いかけてきて!」
「化け物?どんな化け物で?」
「何を言って………そこに!」
振り向くと、貧相な犬が一匹、後ろ足で首をかいている。
「犬さん!どこに行ってたんですか!もう!」
「えと……、わんわん!」
犬がピョンピョン跳ねながら、リリスの元に走って行く。
「い!今、えーとって言ったぞ!わんわんって、喋るように言ってないか?
おい!どう言う事だ?!」
「さあ、私には聞こえませんし、犬はわんわん吠える物です。
犬さんは普通の犬ですが?」
にっこり、リリスが苦笑する。
地龍の配下だった一本角の犬には、人間の前では気をつけるように言っている。
しかしそれもどこ吹く風、どうにもイタズラ好きで困っていた。
「それより、何か御用では?母は……セフィーリア様は、お留守なのですが。」
「い、いや、本日は、…………あなたに、貴方に用があって参った。」
気を取り直して姿勢を正し、軽く会釈する。
ゴウカがピンときて、リリスの前に出た。
「巫子殿はお忙しい、帰るがよい。」
「え?!は?!」
愕然としてミリアムがポカンと口を開けた。
「ちょっ!ゴウカ様!」
だが、ゴウカは強気でミリアムの前に出る。
彼らしくない強い言葉に、これはミランの話しと繋がっているのかな?とリリスは察した。
「無礼な輩よ!帰るがよい!」
「な…なにいっ!無礼はどっちだ!この、白ずくめ!」
「帰れ!」
「なにい!!」
二人が牙をむいてにらみ合う。
「ああああ………、どうしましょう」
「こりゃあ…収まりそうも無いですなあ……」
けんけんごうごう、おさまりそうに無い様子に騎士たちもうんざりした様子で遠巻きに見ている。
リリスがため息をついて、ふと犬を見る。
犬がピンと耳を立て、笑うように大きな口をあんぐり開けた。
「もう!」
リリスがその鼻先を、キュッとつまむ。
すると、犬の口から炎が一塊になって飛び出た。
「ばっふんっ!!」
ボンッ!!
「だから帰れと…………!」
ボゥンとゴウカが一瞬火に包まれ、全員が息を飲みシンとなった。
「え、ちょっと火力強くないですか?ゴウカ様大丈夫?」
「は,………はい………
ちょっと………ビックリしただけです、不覚を取りました。」
前だれで顔を押さえ、久しぶりにビックリした自分にビックリした。
呆然とするミリアムに、従者の男が腕をグイと引く。
「旦那様!今です!」
ハッとミリアムが我に返り、リリスに飛びついた。
「たのむ!お願いだ!川から従兄弟を、セリアスを精霊の国から救い出してくれ!」
リリスの目が大きく見開く。
これは、自分にしかできない仕事だ。そう悟った。
「離れよ!不届きもの!」
「ゴウカ様!どうか、お下がり下さい、私はお話をお聞きします。」
「ですが!」
リリスが彼に、大きく首を振る。
ゴウカが愕然とグレンの顔を見た。
グレンが静かに目を閉じる。
「お止め、しなければ……」…ならないのに、なんてリリスの言葉は大きいのだろう。
ゴウカはふらりと一歩引くしか無かった。
犬さんは、犬なのかなんなのか、わからない生物?です。
地下の地龍の配下としてキツネのようになったり、首がぐるんと回ったりと姿は常に変わり、地上に出てようやく野良犬の姿を模して貧相な犬の姿でうろうろしています。
口から火を吐く彼は果たして火の関係者か地の関係者なのか、リリスも彼の正体がわからないので、いまだ名前は「犬さん」です。




