家名の重責
その日、城内の兵の行き交う廊下で、一人の騎士の急ぐ姿が見えた。
前日までの悲壮な姿は薄れ、栗色の髪を振り乱してどこか鬼気迫るものがある。
急がねば、急がねば!
ただただ気持ちが急いて、その足は騎士長がずっと詰めている部屋へと向かって急いでいた。
あの不思議な占い婆様の言ったように、小川に砂金をひとつまみ入れると、探して、探して、探し求めた美しい少年の眠る顔が、川面にゆらゆらと映って消えた。
『巫子を連れて行け』
赤と白の巫子と言うなら、赤の巫子なら思い当たる。
あの、騎士長のご子息。
さらわれて騒ぎになったが、騎士長は無事だと連絡を受けたと言われていた。
まだ、正式に城には認められていないが、あの御前でのお力を見れば、間違いない。
騎士長に相談すれば……
「セリアス、どうした、血相変えて。何かあったのか?」
従兄弟のミリアムが、声をかけてきた。
彼には何度か、少年のことで相談をしたことがある。
セリアス自身、出来ればあの子を養子にしたいと思っていた。
しかし、あの子は田舎の貧しい貴族とは言っても跡取り息子だ。
どうにか出来ないかと、悩んでいたのだ。
「あの子、見つかたのか? 王子の側近、首になったんだろう?
お前とのことが、問題になったんじゃ無いのか?
だから小姓なんかに手を出すなと言ったんだ。家の名に傷が付いたらどうするんだ。
三男だからと、貴様は甘えているからこんな事になる。
妻を早くに亡くしたならば、すぐに次の女を娶れば良かろう!」
ミリアムが、しきりに彼を責めてくる。
セリアスはうつむいて、ただ頭を下げた。
「すまない、そのことは俺が悪い。何かあったら俺が責任を取って家を出る。
で、聞いてくれ、あの子見つかったんだ、それが……」
彼は見つかったことに少し心が浮き立ち、ミリアムに占い婆が言ったことを話して聞かせた。
それで今、騎士長のザレルの元へ行くことを。
ところが、ミリアムは大きく首を振って彼の襟首を掴み、廊下の端っこに移動すると声を潜めた。
「馬鹿、あの子はまだ王に、認められていないんだぞ?
しかも、宰相からは目の敵にされている、お前も知っているだろう!
騎士長の養子になったからこそ、守られているのだ。
それを、巫子として頼るだと?!冗談じゃ無い!
貴様、名誉あるエンシスアル家の名に泥を塗る気か?!」
「し、しかし、私はあの子を救いたいのだ。巫子を連れて行けと……」
「水の精と言ったな。いい、俺に任せろ。俺が良い魔導師を知っている。
魔導師の塔の長だったゲール様の元にいた水の魔導師だ。」
「魔導師であれば、シャラナ殿に相談を……」
「シャラナ殿に、見目麗しい女性に、少年と関係を持ったと言えるのか?恥知らずめ!
い……いや、言い過ぎた。
頼むから、彼女には言わんでくれ。俺はそんなことでお近付きになりたくない。
俺に任せよ!わかったな?!貴様も軽々しく家を出るなどと言うな!」
結局ミリアムに押し切られて、彼の知り合いの魔導師に頼むことになってしまった。
ミリアムの背中を見ながら、唇を噛みしめる。
「恥だと…恥だというのか。
お前は、私があの子をどれほど大切にしていたかを知らぬ。
あの子がどれほどの夢を持って騎士になりたいと私に話すか、お前は見たことが無いからだ。
一線を越えてしまったのは私に非がある。
だが、どうしても礼がしたいと、金の借りを作りたくないのだと、そう言ったあの子は真剣だった。
あの子には、それしか代償が無かったのだ。
家の恥だというなら私は……そんな家名など………」
「セリアス様!」
突然、声をかけられ顔を上げる。
思い詰める顔を見られてしまった。
浮かぶ涙を顔を背けて汗をふくような仕草でふいていると、相手の騎士がニコニコと明るく微笑んで近づいてくる。
「失礼しました。立ち聞きなどするつもりでは無かったのですが。
巫子とお聞きしてしまっては、この身勝手な耳が聞かねばならぬとピンと立ってしまうのです。」
若い騎士が、穏やかに微笑む。
「ミラン殿……」
彼は、リリスの従者として謁見に付いてきたレナントの騎士。
魔に魅入られて剣を振るったブルースに切られ、大けがをして城で養生していたのだ。
彼はリリスの行方がはっきりしないため、ザレルに城で待つように言われてそのまま本城で過ごしていた。
「私はリリス殿の従者です。リリス殿が最近ご自宅に帰っておられると聞いて、そろそろこちらをおいとましようと思っております。
私が勝手にする事でしたら、あなた様には何の御支障もございませんでしょう。
なにか、土産になる情報があれば助かるのですが。」
気を使ったその言葉に、胸が揺り動かされて息を吐く。
セリアスは、その微笑みにホッとして引きつったように微笑み返すと、思わずミランの手を取りギュッと握りしめた。
これほど家名を大切にする従兄弟の気持ちはわかります。
だから、やむなく折れてしまった彼です。
良家に生まれるという事は、生まれながらに家名を守る重責を負うのです。




