239、魔導師たちの隠し部屋
その部屋は、青い、青い、透明の水の色が満たし、まるで水中にいるような錯覚を覚えた。
天井近くの小さな窓が閉じられた石造りの半地下の部屋は、ろうそくの明かりもかすむほどに部屋の中央にある水盤が青い輝きを放っている。
普段は物置きなのか、部屋の隅には沢山の本が積まれ、椅子や諸々が数々積まれてやや乱雑ささえ覚える。
それが、この魔導師の塔を急ごしらえで体裁を整えたと言うすべてを物語っていた。
輝く水盤をのぞき込み、魔導師3人が無言で集中している。
スッと滑るように、半透明のアデルの姿が水盤を覗く。
地下通路が、水の中に次々と場所を変え写っている。
3人は、突然姿が消えたリリスたちをひたすら探していた。
自分たちの管理する庭で、突然知り合いが消えたのと同義語だろう。
驚き、何が起きたのかわからぬまま彼らは探すしか無かった。
それは、リリスたちがちょうど地龍の腹に入った時であったのだが、庭に地龍がいることさえも気がつかなかった彼らの落ち度でもあるだろう。
驚き、焦りながら、ただただ必死に探していた。
アデルが目を細め、水盤に透明の手をかざす。
水盤はかすかに揺らぎ、スッと輝きを消した。
いささかトランス状態であった水の魔導師のシャラナが、術を解かれて後ろへゆらりと倒れかかる。
ハッと我を取り戻したルークが、慌てて彼女を支えた。
「あ……ああ……ごめんなさい。大丈夫よ。」
「大丈夫か?疲れただろう、少し休もう。え??アデル様?え?どうしてこちらへ?」
透明のアデルがひょいと肩を上げて首を振り、鍵をかけたドアを指さす。
「了解、了解」
ニードが肩を杖でトントン叩きながら、鍵を開けドアを開いた。
「なんだ、このお付きが一緒じゃ、鍵も意味ねえわ……」
うなだれるアデルの後ろに、オパールが控えている。
オパールは、あからさまに不愉快な様子のニードに目もくれず、元に戻ったアデルが顔を上げるとニードが邪魔だとばかりにドアを押し開いて中からアデルを導いた。
「やあ、ごきげんよう魔導師の塔の皆様。
シャラナ殿は初対面かな、僕は…… 」
「存じております、地の3の巫子アデル様。
お会いできて光栄ですわ。」
額の汗をふき、ため息交じりにシャラナが低い声で小さな少年巫子を見下ろす。
いきなり乱入してきた巫子に、皆不機嫌な様子で息を整える。
アデルは楽しそうな様子で、クスクス笑って水盤をのぞき込んだ。
「探してるのかい?火の巫子を。」
「さあ、火の巫子かどうかは存じませんがね。
侵入者がいきなり消えたので探しているだけですよ。」
ルークがうそぶいて髪をかき上げる。
アデルはテーブルにもたれ、わかっているように大きくうなずいて、皆を見上げた。
「まあそうだろうと思ってね、こうして来たわけだよ。
彼らは僕が預かってる。
ちょっとやっかいな物が動き出したのでね。
大事なお方だ。
火の巫子としては、人としてもお力も、これまでの赤の巫子の中でも群を抜いていらっしゃる。
すべてが揃えば、悪霊の企みなどかすんでしまうだろう。
でも、今は欠けているものが多すぎる。
お守りせねば、僕としても困るのだよ。」
「預かって?どういう事かお話願えますかね?」
ニードが酷く不機嫌だ。
彼はのんびりマイペースに見えるが、ここ最近は王子の連れている魔導師が勝手に術を使って結界に干渉するのでピリピリしていた。
その上言うなれば地の魔導師である自分が、地の巫子の術を感知できなかったなどと、ルークの手前冗談ではないと思ったからだ。
しかし、それさえも見透かしたように、アデルが彼に微笑みかける。
ニードが気持ちを逆なでされて、思わず杖をドンと床に付いた。
「よい、ニードよ、お前の結界は完璧にはほど遠いが破ってはおらぬ。
お前達が厳しい戒律を守る魔導師なればこそ、我はほんの少し語ろう。
この下には昔から地龍が座している。
彼らを預かっているというのは、その地龍が守っていると言うことだ。」
ニードがその言葉に、愕然と杖を倒しそうになった。
「地龍??!!地龍だって??いつから?
そんな力の大きいものがいて、俺たちがわからないわけないだろう?!馬鹿なことを……」
「あれは本体でありながら、すでに概念化しているものにすぎない。
力はまた別の存在が持っている。
だからお前たちが気づかぬでも、何らおかしいことは無い。
元々お前たちは勘違いしている。
本当に力を持つ者は内に秘めるものだ、他者に気づかれるようでは詰めが甘い。
弱々しい振りをして、猫をかぶっても力は隠すのが本物だ。」
自信たっぷりにほくそ笑むアデルに、ニードとルークが呆れて顔を見合わせた。
魔導師3人が、口をあんぐりと開けて、そして脱力する。
通常、神気の集まる場所にいると言われている地龍がまさか足下にいるなど、それこそ考えたことも無かった。
アデルが魔導師たちをいじめて面白がってます。
今まで自信なさげにいじいじしていたのは、猫かぶっていたわけです。
小さくて、可愛い、凄く嫌な奴ですw




