235、壁の向こうは宝物庫
「なんと!盗人か?これは良き案配よ。何人だ?」
「ううむ……わからぬ、わからぬ、まだ遠い。
何故だ!守は何をしている!ううぬ……
寄るな……近寄ってはならぬ……
おのれ、生者のこのざわつき、ああ……気に食わぬ、おのれ、気に食わぬ!」
王子が頭を抱え、胸をかきむしり、怒りの形相でギリギリと歯を食いしばる。
苦しみと怒りの混じった強烈な顔はまさに怨霊が乗り移っていると言えよう。
だが、対照的に腐りかけの魔導師は、思わぬ幸運と狂喜して目を輝かせた。
「良い!良い!良き身体なれば、我が物にしてこよう。
良いな、お前はその顔で人前に出てはならぬ。
若い身体だ!ククク、ランドレールよ!新しい身体で戻った暁は……」
「早う行くのだ!このざわつきは耐えられぬ!
おのれ、姑息な!きっと何か聖水でも持つ者に違いない。
殺せ!
二度と立ち入ること許さぬ!戻ることも許さぬ!
目当ては宝物か、我が手にある物か?!許さぬ、許さぬ、奪うこと許さぬ!」
「承知、気に入った身体を奪い、他は屍と変えて来ようぞ。
ククク、なんという好機よ!
さあ、さあ、我が石よ共に地下へ赴こうぞ。
新しい身体と、お前には新鮮な血を腹一杯吸わせてやろう。」
ジレが意気揚々と石を身体から取り出し、それにすがりながら念じる。
石は怪しく輝きを放ち、ジレの身体を吸い込んで消えた。
城内の宝物庫は、場所を階下に掘り下げた階段一つしか無い地下にある。
入り口は厳重に鉄の扉で閉じてあり、そこは王の許しが無ければ開くことができない鍵で閉じてあった。
王家の者でも何度も入ったことなどないが、目録は王の書室の隠し扉にあり、戴冠後に引き継がれて始めて目にする。
いわれのある財宝だけでは無く、ここは精霊の国、何かを封じた物もあると聞くが定かでは無い。
通気口があることはあるが、通気の少ない地下だけに湿気が多く、絵画や書物は別の部屋に保管してある。
宝物はアトラーナ王家の財産、有事には密かに取り出せるよう、王族だけが知る隠し通路があるという話がうわさにあった。
延々と続く地下通路。
そこをリリスたちが、宝物庫近くを目指して進む。
脇道がいくつもあり、右なのか左なのか到底覚えきれないと思うのが普通の人間だが、ミスリルの感覚や記憶力は超人的だと思う。
ずいぶん歩いて、一体何が目印なのかわからないが、エリンが通路の途中でおもむろに立ち止まって壁を指さした。
「この、壁の向こうが宝物庫らしいのですが……」
リリスがその壁を見て頬に手をやる。
「は?はあ、えーと、この向こうでございますか?」
「はい、こちらの壁の向こうです。
そうですね、必要でしたら壁抜けが出来る者を連れて参りますがいかがでしょうか?」
「いやいや、泥棒はいけませんね。それに、かなり強力な封印の呪を感じます。
壁抜けには呪をかけた魔導師の解除の呪文が必要でしょう。」
リリスがつぶやき、神妙な顔で壁に手をやる。
じっと、耳を澄ませる。
目を閉じ、右に、左に首を傾ける。
「巫子様よ、で、どうなんだ?その封印ってヤツは影響あるか?」
「うーん……どうなんだろう?
あ、いいえ、封印自体はあまり影響ないかと……
うーん……近くに行けば何か感じると思ったんですが。」
「と、言うことはどうなんだ?」
ブルースがせっつく。
リリスはどうにもピンとこないので、眉間にしわ寄せた。
こう言う感覚ってパッと来るのか来ないのか、時間が必要なのかわからない。
「なんか、どうも、ですね……
なんとも、何にも感じませんね。
まあ、何にも感じないことは無いんですが、指輪とは違うアレですね。」
「アレってなんだ?」
「まあ、代々いろいろと、宝物巡って色々あったんだろうなあと。」
「どういう事だ?つまり?」
はっきりしろとガーラントが来た道を振り向く。
「そうですね、ここには無い……と思います。」
「なんだ、くたびれもうけってヤツか……」
ブルースが大きくため息をついた。
「じゃあ、戻るか。」
ガーラントがエリンの顔を見る。
エリンがうなずいて後ろに回ろうとした時、リリスが彼の上着の裾を握った。
「いかがされました?」
リリスがまだ、先の方を見ている。
目を閉じ、耳を澄ませる。
音では無い、何か感覚めいた物。
ざわざわと、なにか。なんだろう、その何か。
「もう少し、先に行けますか?」
「地図はここまででしたが、あなた様がそうお望みならばお供致します。
よろしいでしょうか?」
他のメンバーにエリンが尋ねる。
一同、ここまで問題なかったので特に異論は無いらしい。
「ですが、ここはもう城の敷地に入っています。
魔導師がこれ以上進むのを良しとするかはわかりません。
気を引き締めて参りましょう。」
「承知。」
ゴウカの言葉に、一同がうなずいた。
では、とリリスが前に出ようとする。
と、突然左手を引っ張られ、ホムラがリリスの前に立つ。
顔の前垂れを少し上げて振り返り、じろりとにらみ付けた。
「お主は我らの中央に、前に出るな。
城は代々の王家が結んだ精霊との約束から守りが堅い。
この先は地の精霊の範疇、どんな仕掛けがあるかわからぬ。
後ろはゴウカと騎士に任せる。」
「承知しました。」
ゴウカが小さく返す。
彼らはこの暗い中、顔を前垂れで隠し全神経を研ぎ澄ませている。
「ここに……初めて来たのでは無いのですね。
先頭をお任せしてよろしいか?」
エリンがホムラに問うと、無言でうなずき前に出る。
そして先に進み始めた。
リリスの言う、代々色々あったんだろうなあと言うのは、宝物巡った争いごとなのでしょう。
欲にまみれ、宝物に執着する人間の声が、彼には聞こえたのかもしれません。
それを口に出すと、きっとブルースあたりは、はだしで逃げ出すのかも
それでも怖がりの彼がこの閉塞感の中で、宝物庫まで進んだのはなかなか豪気です。




