228、身代わり札
ブルースが、顎の無精髭をザリザリ鳴らす。
「しかし墓場か……気が進まぬなあ……
ガーラントが本城ではそこへ行くのは禁忌であったと……俺はガキの頃から幽霊と女の涙だけはダメなんだ。」
「そう言ううわさで人払いをしているのでしょう。まあ、出ても精霊のイタズラと思って下さい。
王族としてもそこは何かあった時の逃げ道ですから、いざというとき使えるように整備は必要です。
何気なく目立たぬようにそこにあり、誰も興味を持たない。
しかも、人が手を入れても不思議とは思わない。そう言う意味では成功しています。」
「ま、罪人でも呪いの元になっちゃ本末転倒だ。昔は呪術もあったらしいからな。慰霊の意味もあったんだろうさ。」
「罪人でも人の死にかわりは無いですから、手向けは人間として最後の良心です。
えーと、剣は麻布で包んでいますか?」
ブルースが、腰をパンと叩く。
神官達も腰に小刀を差しているので、皆、麻布で巻いた棒状の物が腰にあり、一見奇妙な風体だ。
だが、リリスは皆を見回しチェックして頷いた。
「うん、皆様おそれいります。
お手数ですが、墓守の精霊はかなり好戦的なようです。
精霊の嫌う金物は、草木でくるまねば余計な争いを生むようです。
地図にも非常時以外、必ず剣は麻布で隠すようにとありますので。
夕暮れ以降は魔物には強い時間です。
墓守が精霊だけなのか魔物もいるのかが不明ですが、ホムラ様によると地の精霊が守っているのではないかと……」
「なんでわかるんだ?」
ブルースがホムラを見る。
「……精霊は属するもので、匂いやまとう色が違うのです。」
ホムラは答えず、グレンが答える。
「魔物か……魔物ってのはまずいな……で……魅入られたらどうすればいい?」
ブルースが、不安を隠して余所を向き口を濁す。
城で魔導師に身体を乗っ取られたのがどうしても許せない。
そして、また足を引っ張るのでは無かろうかと、一抹の不安となって胸に重かった。
「ブルース様は、一度魔導師に道を作られてしまっておられます。
それは魅入られやすいと言うことです。」
リリスが話すと、ショックを隠しきれず思わずブルースが顔を上げる。
だが、リリスはそれを手で制し、カバンから取り出した小さな包みを取り出した。
「慣れないので、これを作るのに一晩かかってしまいました。
ヴァルケン様直々に教えて頂いた、身代わり札を撚ったモノです。
これを腕につけてください。」
なるほどなにやら葉っぱ色に染まった緑色のこよりが3本。
リリスが彼の袖を上げ、1本1本腕に縛っていった。
「なんで3本なんだ?」
「だって、ブルース様、人が良すぎますから。」
「ええ〜〜……バッ、バカに……」
真っ赤な顔の彼に、キュッと笑ってリリスがハイ出来ましたとぎゅうっと手を握った。
「守りの上に守りを重ねて、あなたを守りますように。
良き騎士よ、あなたはあなたのままであれ。
アス ベルク、我が血、我が吐息、我らが眷族のかけらをより合わせた者よ、火炎の巫子リリス・ランディールが、我が名をもって汝に託す。
汝、身をもって守りし時は、その火、情けに充ち満ちてフレアゴートの御許へ昇華せり。」
ポッと、こよりが一瞬燃えて、継ぎ目のないつるの腕輪に変わった。
少し驚いてリリスの顔を見ると、さも上手く言ったという風に満面に笑みを浮かべている。
そして大きくうなずいた。
「よろしい、準備万端です。では!参りましょう!」
サッと立ち上がり、締まった顔で皆に微笑みかける。
ほどよい緊張が皆に伝わり、思わず一同が大きくうなずく。
同じく思わずうなずいてしまったホムラが意表を突かれ、渋い顔で顔の前垂れを降ろした。
「締まりの無い事よ!遊びに行くのでは無いのだぞ!」
「元より!皆々様、どうかご無理なさらぬように。
私は真っ先に逃げます!」
「ふふっ……そう言いながら、先陣を切って突破する。とか、言いそうな御仁よ。」
ブルースが苦笑して腕輪を隠すように袖を降ろす。
そして真剣な顔でリリスに向かって胸に手を置いた。
「我らはあなたの騎士でござる。
進む時は元より、引く時もあなたは我らの真ん中でありなされ。
我らはあなたを守るためにここにある。
我らにとって、あなたは絶対に守られねばならぬお人だ。
それだけは、それだけは重々お守りを。」
「わかりました、心します。
ありがとうございます、安心して前に進めます。
皆様,お世話になります、よろしゅうお願いします。」
ブルースに、そして皆に頭を下げるリリスに、ちっとも変わりないなと騎士二人が苦笑する。
「よしっ!参りましょうぞ!」
バンと彼の肩を叩き、そしてブルースは率先して馬車を降りはじめた。
「おう、ガーラントよ、貴様は後ろを頼む。
無理はするなと巫子様は仰せだ。」
茶化してブルースがコートを直す。
ガーラントは馬車から降りるリリスに手を貸しながら、フッと笑った。
「あなたが無理しなければ、我らも無理をすることはなかろう。
くれぐれも自重なされませ。」
「はい、よろしくお願いします。」
パドルーが、リリスの前に出て静かに頭を下げた。
「では、私は馬車を預かります。
危急の時はお逃げください、水鏡で見ておりますので、タイミングを見て墓場近くの道に走らせます。お任せを。」
「お願いします。」
パドルーがうなずいてサッと御者台に戻り、馬車を城の方角へ動かす。
一同は森へ入り、目的地の罪人の墓場と呼ばれる場所へと向かいはじめた。
足を引っ張ることは、自分が重荷になってしまうことは、騎士にとって身を割かれる思いです。
騎士は、人を守る為に騎士になったのだと、剣を手に騎士の本分を謳うのです。
カッコイイ!




