226、らせんの言付け
王への挨拶を済ませ、アデルがほこらのあとへとルークたちに案内されて行く。
今回アデルには、側近のミスリル「オパール」と、身の回りの世話をする巫子仕えの青年マリク、それに神殿騎士としては壮年のキリエが付いてきている。
キリエは若い頃から「魔切りのキリエ」と言われるほどの剣技の持ち主で、すでに体力的には引退も近いが経験があるので補佐として付いてきていた。
「ふむ、これは……最近争ったあとがございますな。
だれか、急に不在になったとか死んだとかはございませんかな?」
周囲を一目見るなり、キリエがルークに聞く。
次々と指を指された方を見ると、確かに普段足を踏み入れない所に足跡が一つ、生け垣の枝振りが乱れ、石垣には白く傷がある。
驚いて、ルークがすぐに浮かんだ事を話した。
「そう言えば、王子の側近が行方知れずになっている。
ちょうど昔許嫁だった女性も消えたので、駆け落ちだと言われておりますが。
真偽までは……でも確かに急に仕事を放り出す青年では無かったと思います。」
「王子の……ふむ。なるほど少々解せませぬな。
この下の森は警備はどうなっておられるのか?」
「城下の森は、日に朝夕二度見回りがある。」
急に後ろから、聞き覚えのある声が返答した。
皆が振り返ると、ザレルが部下二人を連れてアデルに一礼する。
「失礼、私は総騎士長のザレルと申します。
二人は私の部下、副長のアールと近衛師団騎士長イスラエル。
お見知りおきを。」
「ああ!ザレル殿、リリのお父様ですね?!
私は地の三の巫子アデルです。これは側近のオパール。
こちらは神殿騎士のキリエと申します。」
そろって一礼すると、ザレルが前に出て腰を落とし、アデルの手を取りうやうやしく額に付ける。
「地の巫子アデル殿、お会い出来て光栄です。」
「おや、誰も三の巫子など気にも留められませんのに。」
アデルが笑うと、ザレルが真顔で首を振る。
「御謙遜めさるな。
百合の戦士殿に来て頂けた、これほど心強いことがありましょうか。
どうぞお力をお貸し下さい。」
「ありがとう、期待にこたえられるようにがんばるよ。」
ザレルの行動に、キリエとオパールが満足そうにうなずく。
三の巫子だからと軽く扱われるのは、どうにも解せないのだ。
キリエがザレルに懐かしそうに笑って手を伸ばし、握手を交わした。
「お久しぶりですな、ザレル殿。
もうお会いしたのはずいぶん前の事のように思います。」
「ええ、リリスの供で地の神殿へ行ったのはもう5,6年前だと思います。
息子が世話になりました。」
「養子縁組おめでとう存じます。いや、良くも頑張られた。
失礼ながら、ご身分は相当の壁であったでしょう。」
「ええ、これも良く出来た息子が自分で成したこと。素晴らしい子です。」
「ほほっ、これはかなり惚れ込んでいらっしゃる。
確かに、あの子であれば納得でありましょう。
で、先ほどの話だが下の森に異常は?」
キリエが真剣な顔で腕を組む。
もし落ちたなら、死体なりともあったと報告が来ているはずだ。
「いや、調べさせたが下には異常なかった。
見つけられぬとしても、死体があるなら虫が教える、気が変わって精霊が騒ぐ。
だが、そう言う物も無い。」
「この下には森があるだけで?」
「ああ。………いや、裏手に墓場があるな。
かなり昔、城で処刑された者の墓場だと言われているが、もう荒れ果てている。
昔は罪人を縛り上げてここから下に放り投げていたそうだ。」
そこは、下まで一体何十メートルあるのだろうか。
間違いなく即死だろうし、下まで死体を運ぶ手間も省けるというのだろう。
昔は血気盛んだったのか、城内で抗争も多かったと言われている。
「昔の墓場か、あとで確認に参ろうか。」
キリエの言葉に、慌ててイスラエルが前に出た。
「いけません、近づかない方がよろしいでしょう。
私は見たこと無いのですが、どうも墓守精霊が出るそうです。
先代第二騎士部隊長が若い頃ひどい目に遭ったと仰っておりました。」
「ふうむなるほど、それは難儀ですな。」
「ここにはいわく付きの剣があったとか?」
ザレルがほこらをのぞき込むアデルに問う。
アデルは壊された蓋の部分に手を当てうなずき、空となった中をのぞき込んだ。
「ええ、とてもたちの悪い剣です。
……確かに……うん、強い術の気配が残って……
城外に持ち出されたとは思えませんし、何かしらの過去の意識が働いたのなら………
え?……こ……こは………
オパール、手を。」
「は」
ふわりと、懐かしい香りがほこらの中から立ち上った。
身を乗り出し、落ちそうになりながらオパールの手を借り、手を伸ばしてやっと届く程度に深い、ほこらの底に手を当てる。
指の間から、ポウッと、緑色の光が漏れる。
「道が……開いた?」
細い、らせんの強い光が地の底からアデルの手に向かって上がってくる。
それは手を伝い、胸に届くとはじけて消えた。
アデルが飲み込むように一つ大きく息を吸い、細く長く息を吐く。
「わかりました。御方の御心のままに、ご心配なきよう。」
アデルが小さくつぶやくと、安心したように光が消える。
彼は底から手を離し、オパールの手を借りて身を上げた。
「アデル様、今のは何事でございますかな?」
キリエが訪ねると、アデルはにっこり笑う。
「ちょっと、伝言です。」
「伝言?誰からの?」
「私にとって、とても……それは大切な、大切な……御方様ですよ。」
「大切な……おかた?どちらかの貴人で?」
アデルは胸に手を当て笑みで返し、戻りましょうと引き返し始める。
一同は顔を見合わせ、首を傾げながら城の中へと歩みを進めた。
ルークが途中、問いかけようかとアデルに視線を送る。
しかしその横顔が、どことなく寒気がするような奇妙な笑みをたたえて見える。
それは普通の幼い子が見せない、なにか老いた狡猾さ……とでも言うだろうか、異様に違和感を感じて話しかけずにいられなかった。
「アデル様、なにか?」
話しかけた瞬間、スッといつもの無邪気な顔に変わる。
可愛らしい顔で、ぺろりと小さな舌を見せた。
「いえ、ちょっと……ずっと探していた物が見つかりそうなので。」
ずっと?
ルークが怪訝な顔でそれは何かと考える。
アデルがちらりとルークを見て、彼の腕を引き甘い息で耳打ちした。
「あなたも知ってるモノですよ、もうお気付きでござりましょう?いにしえの火の神官殿。」
ルークが驚いて目を見開く。
「……何を……馬鹿なことを……」
アデルが唇に指を立て、これ以上無いほどに顔をほころばせてにやりと笑った。
「くくっ……やはり、やはり来て間違いなかった。」
まるで何か隠すことをやめたように、あの自信なげだったアデルの雰囲気が変わった。
ルークの顔が一瞬険しさを見せ、そして穏やかに微笑んで一言告げた。
「アデル様、後ほどお話があります。」
「いいよ、王との会食が終わったあとだ。
でも僕は忙しいからね、ルークにも僕の用に付き合って貰うかも知れないよ?」
「承知しました。」
事も無げにクスリと笑い、数歩ステップを踏んで楽しげに歩く。
オパールにたしなめられ、ぺろりと舌を出す仕草は、自分の知っているアデルに戻っていた。




