220、それは、始まりの剣
キアナルーサ王子の顔色が変わり、その思わぬ反応をルークが見逃さなかった。
「ほこらが壊れたことと、何か関係があるのでしょうか。」
「知らん、バカなことを言うな。
あいつは兄の許嫁と逃げたらしい、兄と婚礼の決まっていた婚約者が手紙を残して消えたとか。
我が側近が恥知らずなことよ、探す気にもならぬ。」
「許嫁と?そのようなお年でしたか……」
「あいつは俺より2つ上だ、結婚してもおかしくない。
お前も勝手に探してはならぬ。これ以上俺に恥をかかせるな、わかったな。」
「は……」
まあ、キアナルーサが育ちが良くて大きいのだろう。
双子だというリリスも、並べば誰も双子と思えない体格差がある。
この世界、栄養状態がいいのは王族か貴族くらいのものだ。
ゼブリスも貴族と言っても彼の使用人と変わらなかったから、思えば気の毒な身上だ。
ん?
ふと、取り巻きの中に金髪で美しい小柄の少年を見て、どこかで見たような気がした。
「そちらの方は?」
「あれは……俺の魔導師だ。魔導師の塔には属さぬ者、お前には関係ない。」
魔導師?なぜ魔導師が結界に引っかからず入り込めたんだ?
「ですが、隣国の魔導師の件もございましたし、力を持つ者として見ますればそうはいきません。
その方、どちらで教えを請うたのか?」
金髪の少年はおびえた様子で、もっと小さな黒髪の少年の後ろに隠れる。
黒髪の少年は手を胸に当て、一礼して上目遣いでルークを見た。
「主は一部記憶が定かではありません。なにとぞ御容赦を。」
「お前は……」
「私は主が水晶から作り出した木偶でございます。
主の名はリュシー、私はフェイクと申します。主は……」
王子が不機嫌そうに手を上げ会話を遮る。
「もう良い、時間の無駄だ。答える必要は無い。
瓦礫の撤去は急ぐよう叔父上に言付けよう、お前はお前の仕事をするがいい。
だが、俺のやることに詮索は許さぬ。行くぞ。」
「は、失礼をいたしました。」
頭を下げた時、くるりと背を向ける王子の腰の剣に目が行く。
その剣は、なぜか紐で封がしてある。
詮索するなと言われた手前、聞いても答えては貰えないだろう。
だが、その剣の鞘にある意匠にドキリとして思わず呼び止めた。
「王子!」
驚いて、王子が足を止め振り返る。
「なんだ、ビックリしたぞ。」
キアナルーサの顔にハッとして息をのむ。
一息飲み込み、落ち着いて微笑んだ。
「たいそう古い剣のようでございますね。
素晴らしい職人の細工に、思わず大きな声が出てしまいました。
いずこから探し出されたのでございますか?」
王子は満足そうに腰の剣に手をやり、柄をなでてにやりと笑う。
「お前の知らぬ場所よ、いい剣だろう。
だがサビだらけなのでな、飾りだよ。
しかし中を知れては周りに格好がつかぬ、うっかり抜かぬよう紐で封じているのだ。
それだけだ。いくぞ。」
「王子、剣を拝見でき……」
「王子!」
しつこい魔導師の長に、取り巻きの一人が話を変えようとサッと間に入ってきた。
「王子、キアナルーサ様、今日は兵を戦わせて肩書きを決めましょう。」
「そうだな、優劣をつけると兵は上に上がろうと張り切るだろう。」
「おお、今日は楽しめますね。」
ルークが一礼すると、ぞろぞろ一行はまた王子の機嫌を取りながらついて歩いて行く。
だが、ルークは大きく目を見開き、その胸の内はただならぬ不安に満ちあふれていた。
剣の柄にある意匠、美しく血のように赤く輝くルビーを目にはめた派手な大鷲のデザインは、古の、あの王子が好んで使っていたものだ。
確か、あの剣の柄の頭には、大きな赤い石が飾りに付いていたはずだが……
しかも、あの剣には誰かが封印の術を使っている。
抜かないようにでは無く、抜けないのだ。
誤魔化すために違いない。
あの、荒らされたほこらの中から取りだしたのはまさか……
何かが封印されているから、その封印強化のために毎日朝夕、城の魔導師が引き継いで呪を上げ、月に一度、地の神殿から神官が来てほこらに聖水を捧げ守り続けていた。
ほこらはこの城に3つある。
他の2つは過去の王や城に貢献した勇者を祭った物だと聞いている。
だが、ここだけは何を祭られているのか伝わっていない。
確認に来た神官は不安に動揺した皆に、心配いらない些細なことですと、しきりに言っていたが、あれはウソだ。
あれほどの封印、大したこと無い物に必要なわけが無い。
故意に伝えなかったのか、伝えなかったわけは……
彼は珍しく爪をかみ、せわしく視線を走らせ考えを巡らせていた。
苦々しい顔で瓦礫の石を一つ取って投げつける。
理由やウソはどうでもいい。
だが、剣はすでにそこにある。
なぜ伝わっていないのかは、薄々自分にはわかる。
あの剣こそすべての元凶だった。
呪われた剣は人を変え、国に凶事をもたらす。
そう、あの方は何度も何度もおっしゃっていたのだ。
あれが、あんな所に封じられていたとは……
もっと城から離れた場所で、忘れ去られるには不安だったのだろう。
あの剣が、すべての始まりだったことを、自分は知っている。
今度こそ、あの剣を浄化し、破壊しなければ。
大きく息を吸って瓦礫の中から出てきた青いトカゲに目をやる。
そのトカゲは口からぽろりと一つの大きな真珠を吐き出し、元の髪となって消えた。
レスラカーンの杖に仕込んであった、母親の形見の真珠。
これを取ってきて欲しいとレスラカーンの側近ライアから頼まれたのだ。
カサリと横から黒猫が姿を現した。
首を伸ばして辺りをうかがい、つぶらな瞳でじっとルークを見上げる。
「見つにゃった?」
猫が囁くように人語を話す。
ルークは大きく深呼吸して心を落ち着け、それを驚きもせずちらりと見て、顎に手をやり考えた。
ルークが何者か、まあ、その内……




