216、まさかの巫子
薬草屋と村長、2人はなぜかリリスの顔を見てビクッと固くなる。
日も傾き、辺りはこれからどんどん暗くなるのにランプも持たず、不安げな顔でうつむいていた。
「これは村長様、ニルズ様お久しゅうございます。」
以前と変わらず深々と頭を下げるリリスに、男2人は複雑な顔を合わせる。
村長がどうもと軽く頭を下げたので、リリスが驚いた。
「えと、あの、薬草ですか?」
「いや、随分と風様のお屋敷が留守にされていらしたようで……少々心配になりましてな。
昨日から灯りがともっていると聞いて、どうしようかと……
今朝、大きな鳥に赤い髪の……が、乗っていらっしゃったと聞いて、慌てて来た次第で。
いや、別に、なんというわけじゃ無いのだが、色々と城下から噂も聞きまして、こちらとなにかご関係があるのかと……」
どうも村長の言葉は歯切れが悪く、いつもリリスをお前呼ばわりしていた割に言葉を必死で選んでいる。
リリスはキョトンとして人差し指を口に当て、首を大きくかしげた。
「噂でございますか?……はあ、まあ別に特段……
ちょっと私事でバタバタしておりますが、こちらはお弟子様方がそろそろお帰りになられますので、薬草のご提供に支障はございませんのでご安心下さいませ。」
「いや、それもあるが、そうじゃなくて……」
プッとガーラントが後ろで吹き出した。
彼らが何を心配しているかはなんとなくわかるが、リリスは薬草が手に入らなくなることを心配していると勘違いしているらしい。
笑われて村長の顔が赤くなったり、リリスの顔を見て青ざめたり、言葉を探している内に横から薬草店の店主ニルズがメモと麻袋を差し出した。
「あの、これ、在庫が少なくなってるので、お分け頂けませんかな?
またしばらくお留守になさるなら多めに。」
「ああ!承知致しました。
それではお寒いでしょうから中でお待ち下さいませ。」
「いや、他にお客人がいらっしゃるようなので、ここで。」
「では急いで持ってきますね。」
リリスはくるりときびすを返し、作業場のある奥へとダッと駆け出す。
残されて大きく息をつき、2人の肩から力が抜けた。
「ご心配にならずとも、あの方は器の大きい方だ。
昔どうあろうと、前しか見ておられぬ。そもそも、そんなことに構っているヒマも無い。」
ガーラントが察して2人に告げると、村長が顔を上げて泣きそうな顔で彼の顔を見つめる。
それだけ、根深く彼は陰鬱の内に育ったのだ。なのに、それをちっとも感じさせない。
それどころか、人々を明るく照らす強さがある。
まったく、人間がここまで完璧だと逆に末恐ろしい。
「そうでしょうか……
村の者は、仕返しされないかと心配なのです。
そんな、巫子様だったとはつゆ知らず、あの子には小さい頃から大変な仕打ちをしてきました。
何度も……
何度も、風様直々に頼まれても、学校だって嫌がらせして通わせなかったのです。
きっとわしらを恨んでいます。」
ガーラントが顔を上げ、暗い中チラチラと丘の下に見える村の灯りに目をやる。
日の高い頃に聞こえた鐘の音は、村の学校の鐘の音なのですとにこやかに教えてくれたときは、そこに通ったのだと思っていた。
そう言えば風の精霊王は、リリスはずっと働いていたのだと話していたなと、少しさみしい気持ちで彼の背を見ていた。
「皆……同じなのだよ。俺とてあの子を殺しかけた……
でも、それでもあの方はお許しになったのだ。
この、俺を……
本当に、真っ直ぐにお育ちになられた。どんな目に合おうと物ともせず。
村長殿、あの方が目指されることはとても1人で出来る事では無い。
これから、皆で支えてご恩返しすれば良い。
それこそあの方が望まれることだ。」
「そう……でしょうか。それで済むならどんなにいいか。
わしらに出来る事など思い当たりもしませんが、出来るだけでもお力になりたいと思います。」
ガーラントが大きくうなずく。
それで、いいと思う。
元より恨みなどと言う、人間の暗い部分とは遠い純粋な人だと思う。
ホッとしたように見える村長に、ふと、彼が声をひそめて聞いた。
「それで、城下から噂はどう伝わっているのかお教え願えぬか?」
「は?はあ、なんでも火の巫子様が火の精霊王様に連れられてお城にお越しになったと。
それが燃えるような赤い髪で、たいそう神々しいお姿だった、と。
わしらも赤い髪の子などあの子しか聞いた事がありませんので、まさかと村中で騒ぎになりまして。
それがこうして騎士様方お供をお連れになって帰られたと聞いて、やはりと慌ててこうして様子を伺いに。
神殿を再建なさるそうなと言う話も聞いたのですが、こちらは風様のお宅がありますし、なにかお話が聞ければと思いまして。
いや、しかし……
わしらも赤い髪と言えば災厄の魔女の話しか浮かびませんで、長いこと大変なことをしでかしました。
風様がお預かりになるお子と言うことは、やはりそう言うお生まれであると言うことを考えるべきでした。
本当に申し訳ない。」
なるほど、多少の違いはあるが意外とまともに伝わっている。
流布もミスリルの役目ではある。こちら側についている誰かのミスリルが、仕事が早かったと言うことだろう。
魔女が火の巫子だったと一般には知られていないだけに、再建には以外と抵抗がないのかもしれない。
火は当たり前に使う。
だが、火の精霊はいない。
子供の頃から、それだけは不思議に感じていた。
災厄の時に消えたのだと聞かされていたが、その理由は巫子が死んだからとか精霊王が眠りについたからとかはっきりしなかった。
まさか、王家の思惑が隠れているなど、初めて彼と行動を共にすることで知ったのだ。
一から立て直す神殿に、王家を脅かすほどの力が集まるなど考えようも無いが、王族も頭が固い。
だが、王の子である事を認められるのが難しくても、せめて巫子であることだけでも認められれば、再興に向かって多少は動きやすくなるだろう。
話が途切れた頃、奥からパタパタ足音がして、リリスが大きくふくれた麻袋を抱えて戻ってきた。
明るい顔にホッとする。
村長達は、心の中で手を合わせた。
まさかです。
まさか、いじめてきた奴が実は!って奴です。
しつこくいじめた後悔は、今更どうにもなりません。
自業自得とはこう言うことです。




