190、下賜か献上か
グレンがうつむき、膝の上に組んだ手を握りしめる。
そして、苦々しい声で続けた。
「……本当に、地の精霊王と言え酷い親たちです。
子供を打ち棄て、ヴァシュラム様はあの男を選んでしまった。
怒りと恐怖の意志を得た聖なる火はフレアゴート様の手にも余る物。
まして意志ある混ざり物があるために、ますます鎮めることが困難になってしまった。
その内に火は凶暴化して、あの子をすっかり取り込むと、リリサレーン様の身体を乗っ取り神殿を飛び出してしまいました。
そのあとは……ご存じでしょう。」
「火は?火は子供から離せなかったのか?
精霊王だろう?そもそも聖なる火ってのは何なんだ?」
グレンが、大きく息を吸ってうつむき、長く、重くため息をつく。
「聖なる火とは業の火、フレアゴート様の火とは似て異なる火なのです。
光があれば影があるように、魔を払う明るい光が強ければ暗い業も増す。
あの火は、だからこそ解き放つことを禁忌とし、生き宮の中に静かに眠らせて保管しなければならないのです。
青の巫子は、生き宮の素質を持つ他に代わりのない入れ物です。
この世に業がある限り、最も貴重で最も守らねばならない御方。
なのに、あの方は簡単に殺してしまった。
その重要性も知らず、火を解き放ちあのような厄災をもたらしてしまった。」
「じゃあ、……じゃあ、仮に火の神殿を再建できても、またその青の巫子って奴にもしもの事があったらまた厄災を繰り返すんじゃないのか?」
「その質問は愚問です。
業の火は生きる者が存在する限りあるのです。そして火の神殿がないと言う事は世に解き放っていると言う事。
業の火は、コントロールして使えば力になりますが、ただ解放すれば容易に災いの炎になります。
一刻も早く火と青の巫子を見つけ、混ざり物を除いて巫子に保管しなければなりません。」
「それが、最も安全だと?」
「しかり、古代アトラーナの王は争い耐えない世を憂い、精霊王を奉る神殿を献上して世を治めたと言い伝えに残っています。
その多くは火の神殿のことを詠っていると言われて……今の世では知られていないのですか?」
「献上だって?精霊に?
その話は今じゃちょっと違うな・・・王が神殿を建ててやって、争いの絶えなかった精霊を鎮めて治めたってなっている。だから精霊は今の王に恩を感じてこの国にいると。
それに、その言い伝えよりも今は、アトラーナを壊しまくる赤い髪の魔女を、王が精霊王であるドラゴンを率いて戦って成敗したって話しの方が一般的だ。
災厄前の話はあまり伝わっていない。」
「魔女?魔女だと?」
顔色の変わった神官達に、ブルースが慌てて両手で制す。
「待ってくれ、落ち着け。
とにかく、リリサレーン殿はあまりいい話で残ってない。
ただ彼女は、赤い髪と言う事だけが強烈に残っていて、赤い髪の魔導師とか魔女とか言われている。
巫子という地位は今でも高く貴い方だけに、彼女が火の巫子だとは皆あまり口にしなかったのだろう、今ではあまり知られていない。
まして彼女が王族とは全くだ。」
「では……では、火の神殿のことはいかように?」
「悪いが火の神殿は、なぜ無いのかなんて考えたことも無い。
神殿は現在、地の神殿と水の神殿しかない。
火は厄災で壊されてそのまま寂れ、風はセフィーリア様が再建されなかったと言われている。
特にセフィーリア様は魔導師を育てる事を主になされ……あと、リリス殿の養母になっておられる。」
「養母?セフィーリア様が?あの、感情に薄い方が。」
グレンがリリスを見て、少し考え目を閉じる。
魔女……魔女か……
昔を思い出し、リリサレーンの最後の言葉が少しずつ脳裏に浮かぶ。
業の火に振り回され、家族だった精霊王達と戦って身も心もボロボロになりながら、それでも正気を取り戻しすべてを知ったとき、彼女は死を決意してこう言った。
『すべての罪は、わらわが背負って逝く。
誰も悪く無いのだ、愛し子達よ。
新しきアトラーナへの道を、王と共に皆明るい方を向いて共に手を携え歩くがよい。
私が……私がすべての罪を背負って行く。』
誇り高い赤の巫子リリサレーン。
「……リリサレーン様は、すべての罪を負って父である王に首を差し出されました。
本当に罪があるのはあの方なのに。
父王様もそれを承知の上で、国を揺るがす事を憂いリリサレーン様を罪人に……」
本当の罪人を責めることは、国さえ揺るがすのか?
そう言いながら、彼らはなかなか話しの核心を突かない。ブルースがいらついて頭をかきむしり、どうした物かとアゴを掴みさすったとき、リリスの隣のガーラントがずいと乗り出した。
「それで、巫子を殺したのは誰だ。
すべての元凶は?」
「それに、そういう事情でしたらセレス様を恨まれるのは筋違い……うぷっ」
「おお!そうだ元凶だ、それを聞いてない。一体誰なんだ?」
ガーラントの率直な問いに、ブルースも話を変えようとするリリスの口をふさぎ身を乗り出す。
しかしその問いに、それまで流ちょうに話しをしていたグレンが、急に押し黙って視線を踊らせる。
ホムラは顔を背けてグッと口を閉ざし、戸惑い顔の赤毛のゴウカが、何度も顔を上げては口を閉ざした。
王家、ゴタゴタの中で少しずつ言い伝えを変えて現在に至る。というわけです。