189、厄災の始まりを語る
それは250年ほど昔。いや、すでに300年ほど前になろうか。
その頃周辺国には戦が多く、小国は侵略を受けて大国に吸収され、大国は分裂して更に戦を繰り返すと言ったことが繰り返され、アトラーナもその頃トランを治めていた王族が追われた事により、アトラーナの一地方都市であるトラン独立の憂き目に遭っていた。
元々トランには神殿も無く、地の神殿との交流が活発であったことを残すと精霊の気配は薄かっただけに、精霊の国としては痛手は最小限だったと言える。
小規模な戦争は起きたがそれも早々に沈静化し、また元のようにアトラーナは精霊の国として小国ながら近隣の国にも一目置かれ、そこは聖地として大切にされていた。
アトラーナの各地には精霊王を奉る神殿が点在し、精霊王は神として崇められ国内ばかりではなく他国からも多くの信者を集め、人の出入りも多く、特に神殿の周りには都市が栄え豊かだった。
中でも火や地の神殿は、本城を構える王都ルランのはずれにあって、城下よりも栄えていたと言っても過言ではない。
巫子は位も高く、国民の信望厚く、まして火の巫子は先代ヴァルケンが巫子でありながら他に男子が産まれなかったために王家に戻り玉座にも座ったため、いっそう人心も集めて時にそれは王をしのぐほどであった。
だが一方地の巫子は、長寿で知られた巫子が死して後、ヴァシュラムが次の新しい巫子に据えたのは美しいながらも普通の少年ガラリア。
通常新しい巫子は生まれ変わりを迎えるからには赤子や小さい子であることが常だっただけに、誰もが彼を懐疑的な目で見てしまう。
しかもその表情は暗く、口数も少なく、いつもおどおどして見た目が美しい以外は特別これと言った力もない。
ヴァシュラムの彼を大切にする様ばかりが悪目立ちして世間には悪い噂も流れ、彼をからかう貴族まで現れて、ガラリアは巫子であることの重圧にも耐えきれず、あまり神殿から出ないようになってしまった。
そこでヴァシュラムが頼ったのは、火の神殿の巫子リリサレーンとマリナルーの2人。
元々地の神殿と親交深い火の神殿の2人は、ヴァシュラムの頼みを快く引き受け、彼に同情して時にはかばい、なにか用あって呼ばれたときは同行して手を貸すようになった。
心を閉ざしていたガラリアも次第に心を開き、後にヴァシュラムが彼の子を作ったことで彼は家族も得て、巫子として自信も付けていった。
すべてが順調で、幸せに時が過ぎていた。
「でも、それはあの日、とても………
あまりにも、あっけなく崩れてしまったのです。」
グレンが目を伏せ、しばし目を閉じる。
その時のことを思い出すように。
思い出すのも忌まわしい、その日を・・・・・・
「……その日、リリサレーン様はガラリアと共に城にお出かけになり、火の神殿には青の巫子マリナ・ルー様と、マリナ様を母のように慕うガラリアの子が預けられておりました。
我らも二手に分かれてそれぞれ巫子に付き、神殿にいたのは私グレンとホカゲ、マリナ様側近のオキビ。
先見のホカゲは確かに危機を予見しておりましたので自衛団は増やしておりましたが、まさか本当に神殿が襲われるとは……
私はマリナ様の元を離れ、神殿の奥への侵入を阻止しようとしましたが、神殿を襲ったのは思った以上に強い騎士たちと魔導師。
口惜しい事に、手練れの敵に隙を突かれて神殿の奥まで入ることを許してしまいました。
側近のオキビはマリナ様を守って死に、マリナ様も魔導で対抗しましたがガラリアの子が重荷となったのか、敢えなく彼らの太刀に……」
「騎士?それに魔導師が襲ってきたと仰るか?手練れ?訓練されていると?」
ガーラントの驚きの声に、グレンがうなずく。
「賊は皆、出がわからぬよう服や装束に気をつけていたようですが、剣だけは使い慣れた物を使っておりました。
数人のベルトに城のある師団のメダルが。
何より、彼らを率いていたのは身分の高い御方。
なぜ、あのような事をされたのか、なぜ、なぜ……あの方が……
ですが、我らにはそれを問う暇はありませんでした。
マリナ様は聖なる火の生き宮様、あの御方が亡くなることは、火の入れ物を失うことになります。
聖なる火は生き宮を失うと、一旦祭壇の聖ひつに移り眠ります。
ですがあの時、悪い事に祭壇は破壊され、2つの聖ひつも壊されてしまっていました。
聖なる火は行き場を失い、その場にいた最も精霊に近い者に潜り込んでしまったのです。」
「それが………」
「そう、それがガラリアの子です。
あの子はマリナ様の死を目前にして、激しく動揺し恐怖に駆られ、泣き叫んでいました。
そこに聖なる火が……。
精霊王の子と言えど、まだ小さな子供。
入れ物としては用をなさず、火に覆われその場で苦しんでおりましたが、我らもどうすることも出来ず……
そこに、リリサレーン様がガラリアと共にお戻りになられたのです。」
「リリサレーン様は、すぐにフレアゴート様とヴァシュラム様をお呼びになり、ガラリアには待つようにと仰ったのです。
子供と火を分け、火を一旦フレアゴート様にあずけると。
ですが、子供はガラリアの姿を見ると救いを求め、ガラリアも耐えられず子供の元へと走ってしまいました。
ガラリアはもちろん普通の人間、子供を抱いた瞬間、その身は焼かれ、2人を離したときにはすでに虫の息。
そして精霊王の方々が駆けつけられて火を収めようとなさったとき、肝心のヴァシュラム様がそのガラリアの姿を見ると、狂ったように叫びながら彼を抱きかかえてその場からかき消えてしまわれたのです・・・・・・。」
過去を知るものが真実を語り出すと、信じられた歴史はひっくり返る。
それは統治する者に、都合良く変えられているから。