表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/580

19、トランの魔導師

ゴトゴトゆれる馬車の中、リリスが遠く離れて行く城を望み、息を吐いて小さくうずくまる。

戦いになるかもしれない。

そう思えば気が重い。

人が死ぬのを見るのは、あのベスレムの夜でもう2度と無いと思っていた。


恐ろしい。


恐い。


戦いを回避する術が、何かあるのだろうか?

自分はそれを探したい。

重く考え込むリリスの肩に、鳥が飛んできてとまった。


「はあ、まったく忙しいわ。」


「え?ヨーコ様?」


「様はいい加減にいらないわよリリス。ヨーコって呼んでよ、ヨーコ!」


「ヨーコ……様、お見送りはもう……」


「あら、あたし付いていくのよ。キアンには了解済み。っていうか、王子の命令なので拒否権無しだって。」


「まったく……あなたという方は……」


リリスが困った顔でため息をついて笑う。


「ね、奥のあの2人の男の子は?騎士には見えないけど。」


同じ馬車の中、荷物を隔てたところに年下らしい少年が二人、小さく寄り添って目を閉じている。


「一行のお世話をする召使いの方です。私と口をきいては罰を受けるそうなので、お名前を聞くことが出来ませんでした。」


少年達はよろしくと挨拶はした物の、それっきり口をつぐんでしまった。

リリスにしてみれば、いつものことだ。

子供同士は良くても、大人は許さない。だからこそ、メイスの気さくな気遣いがとても嬉しかったのだ。

ヨーコはチュッと短く鳴いて、彼の柔らかな髪に顔をすりつけた。


「私はあなたの赤い髪が好き。あなたの色違いの目も大好きよ。」


「うふふ……くすぐったい、お許し下さい。」


「ね、やっとゆっくり話せるわよね。」


「本当に・・、そう言えばアイ様はどうされているのでしょうか?」


「ああ、あいつはね……」


リリスが少し元気を出して、鳥を指にとめる。

ヨーコは向こうの世界でのことを、楽しそうに話し始めた。







背後に大きな湖を配し、そのまわりを緑に囲まれた、トランの宝石、水鏡の城と呼ばれる独特の白壁に美しさが際だつトランの王城。

その天守がそびえる空に雲が湧き、パラパラ音を立て雨が降ってくる。

暗い空を仰ぎ、今年20才を迎えた王子がため息をついた。


王子が去年迎えた隣国の王女は、先月流産したのち体調が悪くずっと伏せっている。

その2ヶ月前には母親で優しかった王妃が石段を踏み外し、階段から落ちて死んでしまった。


悪いことばかりが続き、王は救いを求め、ある魔導師に傾倒した。

先を言い当て答えを導くことで知られる、ある村の魔導師を呼び寄せ、自分の元に常に控えさせたのだ。

魔導師はどこからともなく現れたという、どこの誰ともわからない者だが、先を言い当て助言をピタリと当てる。

王はこれまで尽くしてくれた家臣よりも、徐々にその魔導師を重きにおいて家臣の助言に耳を貸さなくなっていった。



王子が玉座に向かい、膝を付き父王に一礼をする。

顔を上げると王のかたわらで、顔半分を仮面で隠し、性別不明の女のような顔をした魔導師リューズが明かり取りの天窓に向けて、白く細い手を差し伸べた。


「いかがしたリューズよ。」


「アトラーナが、国境に兵を送りました。」


高く澄んだ声がホールに響き、リューズは歌を歌うように軽やかに話す。

ゆったりとした純白のローブが、動くたびにサラサラと音を立てた。


「兵を?・・だと?」


「はい、あれはアトラーナの精鋭とも言える、腕利きの騎士に勇猛な戦士達。

そして恐ろしき呪いを宿す、血の色をした髪の魔導師。

おお恐ろしきこと。アトラーナはやはり、我が国に攻め入るつもりなのです。

我が君の治める、この緑あふれる平和なトランを手に入れるため。」


王が目を見開き、ブルブル震える手を頰に当てる。


「なんと、恐ろしい。わしは守らなくては。

我が国を、我が民を、もう失うのは恐ろしい。」


「我が君、ご心配はいりませぬ。このリューズが王の杞憂を消し去りましょう。

手の者を国境へ届く前に、すでに手配いたしております。」


「おお、さすがリューズよ。我が兵も傷つくことなく事は済み行く。

王子メディアスよ、わしが死したのちもリューズを大切にするのだ。これは国の守り神。決して粗末に扱うではないぞ。」


「そのような、父上はまだお元気ではありませぬか。」


「いいや、わしには先がない。夜になれば后の亡霊が早くと急いて枕元に立つのだ。

王子よ、しかし案じることはない。リューズがいれば安心だ。わしも心残し無く后の元へゆける。」


「父上……この大事の時、まだアトラーナが攻めてくることも考えられます。しっかりなさって下さい。

リューズよ、お前からも父上に元気をお出しするように言っておくれ。

母は父上にそのようなことをなさる方ではない。」


リューズが微笑み、王子に頭を下げて王の手を取る。


「私には、お后様の安らかなお顔しか見えませぬ。どうかご安心を。」


「そうか、お前がそう言うのであれば、そうであろう。」


王が笑みを浮かべ、目を閉じる。


「父上、隣国に使者を送り少々揺さぶりをかけてみましょう。

話し合いに応じるならそれも良し、何とか今の状況を打破して元の平安を取り戻したい。

しかし戦いとなれば、我が兵たちも命をかけて王のために戦いましょう。」


「……ふむ、お前に任せよう。リューズも力になってくれよう。」


「もちろんでございますとも。私はその為にここにいるのです。

御身のためなら何なりと。」


力強いリューズに王子は少しホッとして、立ち上がり兵に告げた。


「王より使者をアトラーナの国境の城に向かわせる!

戦いは近いぞ、国境へ増援を送れ。

アトラーナの兵を、トランに一歩も入れてはならん!」




衛兵に守られたドアの前、王女ダリアが兄の声に爪をかむ。


「なんて歯がゆいこと」


「王女、立ち聞きなどはしたない。」


侍女に急かされ、ドアを背にして歩き出す。

その前から、リューズの仲間である魔導師の1人が来て頭を下げた。

その姿はすっぽりと白いマントに包まれ、顔など見たこともない。

ゾッとする身体を押さえ、ダリアは思わず廊下を走り出した。


「王女!いかがなさいました!」


侍女が息を切らし、慌ててあとを追う。

ダリアは廊下を走り、回廊から庭に出て噴水に手をつくと、ハアハアと激しく息を切らしながらあふれる涙を隠すように手で覆った。


「王女、走っては危のうございます。

どうなさったのです、このリナに不安に思っていることをお話し下さいませ。

きっとお力になりましょう。」


侍女のリナが、王女の背にそっと手を添える。


この隣国との状況の変化に、王女は戸惑っているのだろうと思う。

隣国の王子キアナルーサとの婚約には多少不安を持っていた王女だが、先日再度訪問したときには機嫌も直り、とても嬉しそうだったのだ。


「キアナルーサ様のことは……お諦めなさいませ。」


「そんなこと!」


「え?」


「そんなことは、今どうでもいいのよ!

どうして、どうしてあんな……気味の悪い輩が、このトランの宝石と言われた美しい城の中を堂々と歩いているの?

ああ、なんて汚らわしい!」


涙を拭いて、憤ったようにダリアが顔を上げる。

慌ててまわりを見回し、リナが指を立てた。


「王女様、どこにあの魔導師の配下の者がいるか知れません。お声を潜めて下さいませ。」


「ここは私の城よ!あんなどこの者か知れぬ輩に気遣い無用だわ!

それより、隣国と何故戦争なんてしなきゃいけないの?

おかしいわよ、あの魔導師が来る前は互いに交流が活発で……

そうだわ、今度ベスレムからは美しい敷物が来るはずだったのよ。

そうよ、あれは楽しみにしてたのに、これじゃ見ることも出来ないわ!

もう、なんて歯がゆい!」


キアナルーサより敷物の心配をする王女には困った物だが、確かにあの魔導師が来てからすべてが悪い方へ走っているように思える。


「そうだわ!」


突然声を上げ、王女がポンと手を叩いた。


「ね、リナ。隣国にコッソリ手紙を出したら駄目かしら?」


「えっ!?」


「ここにいても、聞くのはリューズを通して聞く言葉ばかりよ。だからね……」


王女が声を潜め、リナに耳打ちする。

しかしその横を青いトカゲがチロチロ舌を出し、ひっそりと噴水の影に潜んでいるのには、2人は気が付かなかった。



廊下を歩きながら、リューズがどんよりとした空を写すグレーの湖に目をやる。

ククッと小さく笑い、杖の頭に付いた小さな水晶の玉をぺろりと舐めた。

水晶には、王女がリナと話し込む姿が映る。


「姑息なことを……可愛い物よ、ククッ

さて、どうしてくれよう…………」


杖を持つ手に、そで口から小さな青いトカゲが出て水晶に消える。

外からかすかに聞こえる雨音に足を止めた。

ポツポツと降り出した雨が次第に強くなる。


「雨か……レナントへの道行きには無粋な雨など降らせまい、可愛い愛し子よ。

お前に似合うは、美しい鮮赤の色。」


リューズはふと美しく微笑み、水晶に映る赤い髪の少年の姿に目を細めた。


トランの王女ダリアはキアナルーサの婚約者です。

キアナルーサは元々フェルリーンと言うベスレムと接する隣国の王女と婚約してましたが、ベスレムの従兄弟と恋仲になったのでこちらへ話を持っていったわけです。

とにかく隣国との婚儀は大事なのです。アトラーナはキアンが思った以上に小さな国です。

それではまた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ