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188、生き恥

リリスがホッと息を吐き、深く頭を下げる。


「ありがとうございます。このご恩、のちのち火の神殿を起こす事でお返ししたいと思います。」


「はっ、神殿を起こすだと?お前ごとき子供が何を言う。王族でもない、地位もない子供に。」


悪態をつく剃髪の神官に、リリスが歩み寄ると身体に巻き付いた髪をほどき始める。

彼らが神殿の再興のために、それだけのために生きながらえてくれたと思えば、感謝をしても足りない。

リリスは彼らの姿の背後に、姿を見せずとも自分のために動いているフレアゴートの姿を見た気がして胸が熱くなった。


「子供子供と何を仰います。

先ほどの無礼は大人の方のなさる事とは思えません。

あなたが生きたこれまでの時代とは、大きく変わっているのです。

何が変わっているかを知る事も怠り、一時の感情で取り返しのつかない事をしてしまった責は追わねばなりません。」


「我は神官ぞ!無礼者、さわるな!」


「静かになさいませ。

私を巫子と認めないならそれでも構いません。

でも、あなた方は神殿再興のお力にと、フレアゴート様の頼みをお受けしたと聞いております。

ならばどうぞ働いて下さいませ。

私に仕えるのではなく、神殿再興のために。

そしてこのアトラーナのために。

今のアトラーナは精霊と人との関わりがどんどん薄くなってきています。

その橋渡しのためにも、精霊の国として神殿は必要なのです。どうか、そのお力に……」


なぜか、目から涙があふれた。

心がギュッと締め付けられる。

それは、自分の感情とは違う、リリサレーンの心だと思う。


「……まこと、ホムラは変わりのう……」


ふと、口から言葉が無意識に出た。

剃髪の神官が目を見開き、驚きの顔でリリスを見る。

知らないはずの自分の名を語る、その優しく懐かしい言葉……


「リ……リリサ……様……」


それに微笑み返し、涙をふいてブルースが差し出す短剣で髪を切って行く。


「どうか、この何も出来ないだろう子供に手をお貸し下さい。

地位もなく、お味方になって下さる方は少のうございます。」


剃髪の神官の目から、涙があふれた。


「オオオオオオ………」


身体中の髪を振り払い、地に伏せて身を震わせ泣いている。

長髪の神官と赤い髪の神官が、リリスの前に歩み寄り覗き込むようにリリスの顔を見る。


「我らは、この思いをあなたに託して良いのか?」


リリスは涙をふいてニッコリ笑い、大きくうなずいた。


「託して良いのです。そして力を貸して下さい。

私1人では頼りない子供ですが、あなた方が共に同じ道を歩むことで、私は頼りない子供ではなくなることでしょう。」


「なぜ、ホムラの名をご存じか?」


その問いに、リリスは自分の右手の仮初めの指輪を彼らに差し出した。


「私のこの指にある、仮初めの火の指輪をご覧になればおわかりのはず。グレン様。」


それは、誰にでも見える指輪ではない。

黄泉の国の火の巫子達が、リリスに託した自分たちの指輪。


「私は先々代のヴァルケン様に黄泉で巫子としての教えを色々と教わりました。

あの方には玉座の前での呼びかけにも答えていただけましたが、もう頼ることは出来ないでしょう。

もう、すでに身体は転生なさっていると仰っていました。それがどなたか、現世で身近な方なのかは存じませんが……」


誰かがふむと、息を吐く。

長髪の神官と赤い髪の神官が顔を見合わせうなずいた。


「承知した。

だが、我らはまだそなたの器を知らぬ。

そなたを知って、膝を折るにふさわしき者と納得するまで巫子とは呼ばぬ。」


「はい、それで結構でございます。」


「そなた、名を何と言われる?」


「私はリリス。……あ、そうだった、私にはお父様が出来たのでした。

私はリリス・ランディール。リリスとお呼び下さい。」


気恥ずかしそうにニッコリ笑う。

長髪の神官グレンが顔を覆う布を取り、赤毛の神官もそれに続いた。

グレンは剃髪のホムラと同じ30代に見えるが、赤毛はまだ二十歳そこそこの若者だ。

ホムラ以外の二人はごく普通の人間の顔だが、赤い髪の神官は右目が赤で、左目が茶色と微妙に左右の色が違う目をしている。

リリスは驚いた顔で、彼に思わず飛びつき手を取った。


「凄い!私と一緒の色違いの目をした方を初めて見ました!

でも、この色違いの目はすっごく嫌われます。

お覚悟下さい、一緒に嫌われましょう、ゴウカ様!」


赤い髪の神官が、名を呼ばれビクンと身体を震わせる。

握手するリリスの手を包むように手を重ね、両手でギュッと握りしめた。


「貴方は赤様に良く似ていらっしゃる。」


「赤……様ですか?

そう言えばヴァルケン様に、火の巫子には赤の巫子と青の巫子がいらっしゃるとお聞きしました。」


「そうです。そして、あの時青様が……青の巫子、マリナ様が殺されたことからあの騒ぎは始まりました。」


「ゴウカ!余計なことを話すな!」


ホムラの叱責に、ゴウカが口をつぐんで手を離す。

横からグレンがホムラを手で遮り、ゴウカにうなずいて穏やかに話し始めた。


「良いのです、私がお話ししましょう。あの時のことを。

巫子を守れなかった我ら神官の生き恥を晒すことは、覚悟の上でこうして生き延びたのだ。」


「では、お社にお戻りを。

ここで騒ぐと、お方様がゆっくりお休みできませぬ。」


長老に勧められ、皆がぞろぞろと社に戻る。

そして祭壇の前に座して向き合い、グレンが静かに語り始めた。

アトラーナ歴史上最悪の厄災が、どうして起きたのか。

それがどう収束したのか、彼らこそすべてを見て、聞いた生き証人だった。


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