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183、地脈のるつぼ

長のあとを付いて進むと、岩壁が途切れ、城の中庭ほどの開けた場所に出た。

それはほとんどを青緑に輝きを放つ池のような物で占めているが、岩を削って作られた淵から覗くと透明で深さが知れない。

奥にはわき出す水源のような裂け目がポッカリと口を開け、何か言いしれぬ緑の輝きを放っている。

普段はその水源の穴を覆うように下げるのだろう、紗が半分上に巻き上げられていた。


「地下にあのような木や作物が育つのは不思議であったろう?

すべてここから水を引き、地のお力を受けて実をならせておる。

この水源が、ただの水ではとてもあのように豊かな畑は出来ぬ。

この泉はわれらの糧、命の水でもあるのじゃ。」


「飲み水でもあるのですか?」


「いや、これは我らが飲むには強すぎる。

病の時は長老に薄めて貰った物を薬としていただくが、飲み水は別にあるよ。」


老人が進む泉の横には少しひらけた場所があり、壁際に木で小さな社が建ててある。

泉を中から見渡す為なのか、泉に面した部分には壁もなく布が巻き上げられ梁に紐で結んである。

中は一段高い板間に絨毯が敷き詰めてあり、石段に草履があるのを見ると、靴を脱いで上がるようだ。

アトラーナでは珍しい。

大きく開いてある入り口の両側にはかがり火が焚いてあり、それが中まで穏やかに照らしていた。


長のあとを付いて、社のあがり口で靴を脱ぎ上に上がる。

中の床には、一目でベスレムの物とわかる百合の紋が織り込まれている緻密な文様の絨毯が敷き詰めてあり、恐ろしく手がかかっているだろうそれは恐らく領主から送られた物だろう。

正面にある祭壇は地の神殿にあった物に酷似して、ここが地の聖地だと言う事は容易にわかった。


「こちらには、ヴァシュラム様がおいでになられるのですか?」


「いや、ここは彼の方のために立てられたような物じゃ。ヴァシュラム様の大切なお方のためにな。

我らにとっても、その方のおかげであの村があるような物。生活の基盤を作って下さった恩人なのじゃ。」


彼の方とは誰なのか気にもなったが、自分が知らない人なのかもしれない。

リリスも深く詮索するつもりもない。

長がリリスに絨毯の中央に座るよう指示したのでそこに正座して座る。

ガーラントたちは、その後ろにあぐらをかいて座した。

長が祭壇の横にリリスの方を向いて座ると、どこかで鈴がチリンと鳴る。

やがて隣の部屋から、長い黒髪を後ろで束ねた20代ほどの若い女が杖をついて現れ、随分長いすそをズルズルと引きずりながら祭壇の前に座した。


「リリス殿、お初にお目にかかります。

私はこの村の長老であり、ここの守であり、遠見の予言を司る者。

あなたの事は、お生まれの時より存じております。」


「長老様ですか?」


どう見ても若い。

だが、ついている杖は、足でも悪いのか魔導師の杖とも違う普通の杖だ。


「若く見えましょうが、私はこの村の最長老です。

ここは地脈のるつぼ。

ここに長期間お仕えする事は、地脈の影響を受け続ける事でございます。一見不老長寿にも見えますが、巫子でもない私はこの村を出ると早く老いて死ぬ事でしょう。

すでに最近ではこの社を離れ、村の畑を見に行く事も辛くなってきております。」


「じゃあ、巫子なら大丈夫なのですか?」


若い姿の長老は、穏やかに微笑みうなずく。

優しい顔が、とても落ちついて年齢を感じさせた。


「リリス殿、あなたもですよ。

神霊である精霊王と寝食を共にする事はそう言う事です。

だから、精霊王は人間達に影響が少ないよう用無きときは神殿を留守になさるのです。

でも、あなた様はほとんどを共に過ごされていらっしゃる。あの方の弟子の方々も、あの家にいる一時はいくぶんゆっくりと年を重ねる事となる事でしょうが、あの家を出るとその反動はわずかでも必ず出ると言えましょう。」


「あっ、確かに長くいらしたお弟子様は、独り立ちなさってすぐに髪が白くなったと仰っておりました。」


へえ〜とブルースが後ろで声を上げた。

リリスもそう言う事は初めて聞く。

アトラーナの巫子は長命だと聞くが、それが原因なのかと改めてうなずいた。


「すると、リリス殿はこれから背が伸びる可能性もあるという訳か。良かったですな。」


「えっ!」


リリスが思わず、期待満面で長老を見る。

が、長老は目が合うと、ニッコリ笑って思わず目をそらす。

プッとブルースが吹き出し、リリスは真っ赤な顔でプウッとむくれて彼を睨んだ。

クスクスと長老が笑う。

そしてリリスに静かに問いかけた。


「お可愛い方ですね、まだ年若い火の巫子殿。

あなたはご苦労なさいましたが、出生をお知りになってもお変わりない。

しかしそのご苦労を思えば、それは出来過ぎた無欲とも見える。

欲は身を滅ぼすときもある。でも、欲があるから人は動く。

つまり、あなたは決して無欲ではない。

あなたは今、何を欲して何のために動いておいででございますか?」


リリスがキョトンとして、ニッコリ笑う。

それは少し前の自分にはとても難しい問いで、今の自分にはとても簡単な問いかけだった。

地脈のるつぼ、つまりヴァシュラムの心臓部です。

ここへ普通の人間が入るのは初めてでしょう。

リリスの背が伸びるのは、また先に伸びるかもしれません。

15なのに、まだ成長期前のようなw

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