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179、私は、まだ生きている

「………セレス様、セレス様!」


遠くから、ルビーの呼ぶ声がする。

それが、昔ガラリアだった頃の記憶と混同して穏やかな夢を見ていた。



『ガラリア!』


『ガーラ!』


『兄様!』


『若様!』『若様!』『ガラリア様!』



あれは、父様、母様、妹のリュシエール……そして……村人達……


子供の頃の、美しい記憶……会いたい……会いたくても、夢でしか、もう会えない人々…………


セレス・・・ガラリアが、その、光り輝く人々に手を差し伸べる。

でも、彼らの声はどんどん遠くなって、そして、盗賊達の下卑た笑いに包まれ、血に染まって消えていった。


両手で顔を覆って身体を震わせる。

気がつくと、自分はいつの間にかボロボロで沢山の血のシミが入ったベージュのドレスを着ていて、あの盗賊達がそれにしがみついていた。


ああ……私の人生は、お前達に出会った瞬間終わりを告げた。


私は、普通にあの小さな村で、貧しくとも質素な生活で、村人と助け合い、そして結婚して子をもうけ、そして……

ああ、私は美しくなど無い、私は普通の少年で、普通に生きて、普通に老いて、そして死にたかった。


ヴァシュラム……あなたに救われたと感じたのは、愛されていると感じたのは、もう遙か遠い…………


ヴァシュラム……あなたは優しく微笑み、私をすくい上げては突き落とす。



私は、もう、……………………生きるのに、疲れた。




「セレス様!お気を確かに!!」


肩を揺り動かされ、セレスがぼんやり目を開けた。

気がつくと、顔や髪が流れた涙で濡れている。

朝靄の中、ルビーも汗なのか湿気の為なのか髪を濡らし顔に張り付かせてセレスを覗き込んでいた。

あれからどのくらい時間がたったのか、まだ身体に力が入らない。


ああ……私は、まだ生きている。


「ル……」


話そうとしたが、舌に力が入らず、ろれつが回りそうにない。

ヴァシュラムは、指一本動かせないほどセレスの身体から力をはぎ取ってしまった。

あいつのやる事には容赦ないと、ため息が出る。

口では伴侶だ大切だといいながら、やる事は突き放し、叩き付け、あげくは力をはぎ取って森に放置だ。

獣に食われても構わないとさえ思える。

そのくせ死ぬ事を許さない。


手をなんとか動かそうとするが、指の一本も動かせない。感覚がない事に不安を覚え、セレスはルビーの顔を見た。


「……わらしの…からら……欠けてない?」


「大丈夫です、どこも欠けておりません。

手も指の一本も、髪のひと筋さえも欠けてございません。

このとおり、腕輪も確かに付いております。」


セレスの手を持ち上げ、ルビーが自身の目で確かめさせる。


「そう……」


ホッと息をつき、まだ、自分のやるべき事は終わっていないことを思い出した。


「ル…—…はら…れよ……」


「は」


どのくらい離れていいのか迷うと、セレスがグルクを視線で示す。

地上にいると邪魔になるのだろう。

ルビーが一礼してグルクに乗り飛び立つ。

それを見届け、セレスが目を閉じ意識を集中した。


「汝の子に汝が命分け与えよ」


口の中で唱えた。

大地が震え、森全体が穏やかに輝き、光の波がセレスに集まってくる。

そして光がセレスの身体に達した瞬間、彼の身体が輝いて、大きな力の反動でポンと跳ね上がった。


「ふう……」


スッと光が身体中に満ちて、確かめるように両手を目の前にかざし、手の平を閉じたり開いたりしてみる。

一息ついて身を起こすと、上空からルビーがグルクを操り降りてきた。


「お加減は?」


「よい、私には一切心配などいらぬ。

あいつ邪魔しおって、いっそこの腕輪を壊せばよい物を。」


腕輪を撫でて、ため息を吐き立ち上がった。

セレスが腕輪のことで悪態をつくのはただ一人。


「ヴァシュラム様がお出でになられたので?」


「この私がここに寝ていたことを見ればわかろう。」


「は……」


珍しく、セレスが不機嫌そうに言い放った。

暗い顔でプイと顔を背け、背中を見せる。

ため息をつき、ひっそりと涙をふいた。

しばし言葉を待つルビーに、後ろ向きで腕輪のある手をかざして見せる。

朝靄が晴れ、覗く太陽に腕輪がきらりと輝いた。


「お前は、私の事を何も聞かぬのだな。」


「申し訳ありません。」


「なぜ謝る。はっきり言えばいい、ヴァシュラムからそう言われていると。

なぜ私が身体が欠けたかと聞いたときに腕輪を見せた。」


「それは……聞いたのではありません。

あなた様のお力と、その腕輪が何らかの関連があるのだろうと、私が勝手に思っていたのです。

いつもリングをはずすときは死ぬ時だと仰るので……」


常日頃の言動から思いついたただの勘だが、それが当たってしまったのだろう、しかしそれがセレスには不愉快なのだ。

それでも、いつもならそれを表に出すことのないセレスが言動で出してしまうのは、非常に珍しいことだ。

ヴァシュラムとの間に何かあったことは、ルビーには容易に読み取れた。

生きるのに疲れた。

でも、生きなければ、救いたい者が救えない。

そしてヴァシュラムは、彼を絶対に死なせないのです。

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