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18、出立、国境へ

翌日早朝、旅立ちの為忙しく中庭に集まる一軍の中、リリスも王子に挨拶を済ませ今だ駄々をこねるフェリアに言い聞かせていた。


「いやじゃ!わしも行くと言ってるのに!」


「すぐに帰って参りますよ、お利口にお待ち下さい。」


ウルウルと目を潤ませるフェリアが、とうとうしくしく泣き始める。

旅立ちに涙などとんでもない。

慌てて下女がフェリアを奥へ連れて行き、リリスはホッと息をついた。


「心配なのよ、回りはゴツイ男ばっか。」


肩に留まるヨーコ鳥が、ため息混じりに見回す。

この世界の馬は巨大なネコなので、鳥の姿の今は生きた心地がしない。

しかしその馬も稀少品なので、身分のある者しか持っていないのが常だ。

一軍は少数精鋭らしく、ほとんどが馬を持つ、身分も程々の騎士や戦士のようだ。

急ぎの旅だけに、馬のない者はすべて馬車に乗っていく。

総勢30名ほど。

アトラーナの、隣国トラン側を守るレナントの城へは、ここ王都ルランからは馬でも丸一日かかるので、到着は早くて明日の朝となるだろう。

リリスは一頭引きの野営のテントや食料、水を積み込んだ馬車に乗ることになっていた。


「リリスも馬を持っていたわよね。あれどうしたの?」


リリスは先の旅で、王から褒美に馬を一頭貰っている。

しかしフェリアのイタズラでケガをさせた為、結局一度も乗ることなく管理不十分を責められ、返さねばならなくなった。

とがめがなかっただけマシではあるが、先の旅は背に傷跡を残しただけで、リリスに何も残さなかったことになる。


「あれは、私には過ぎた物でしたから、お返しいたしました。元より使うこともありませんし。」


「相変わらず欲のない。」


「ヨーコ様も王子の元へお帰り下さい。お見送りはもう十分でございます。」


「やあねえ、リリスって相変わらずドライな奴。あたしは鳥よ、好きに飛んでいくわ。」


「リリス!」


「あ!メイス。」


塔の方から、メイスが息を切らして駆けてくる。

リリスも嬉しそうに彼に駆け寄ると、メイスは一本の青い紐を差し出した。


「何もないけどこれ、君の無事を祈って……髪を一つにくくればいいよ。」


「本当に?!あ、ありがとう。」


人からプレゼントなんて、初めてで嬉しい!

こんな時でなければ、もっと喜んだのにと、少し残念だ。


「貰っても、いいのかな?」


「当たり前だよ、友達じゃないか。」


微笑むメイスに、リリスがもじもじとそれを受け取ろうと手を伸ばす。

しかしメイスはサッと、思い立ったように手を引いた。


「僕が結んであげる。さあ後ろを向いて。」


「え?でも……悪いから……」


メイスがリリスの肩をポンと叩いて後ろに回る。

燃えるような赤い髪に手を伸ばし、思いとどまり苦々しい顔で唇をかむ。

そして意を決し、柔らかくウエーブするその髪を乱暴に掴んだ。


「ピピッ!」


驚いて肩にいたヨーコ鳥が飛び立ち、まわりを回ってその様子を見下ろす。


「何?あいつ……」


リリスには見えないだけに、何か複雑だ。


「君の髪はなんて柔らかくて綺麗なんだろう。ヒモがはずれないように、しっかりしばらなきゃね。」


「綺麗なんて……人から言われたの初めてだよ。」


「……ほら、これでいい。赤い髪に青い紐がよく似合うよ。

どうか、無事にお仕事が済みますように。」


その言葉に、リリスの胸がじんと詰まった。


「ありがとう、ありがとうメイス。友達になれて良かった。」


「じゃ、僕これからまた仕事だから。」


リリスがメイスとギュッと手を握り合う。

メイスは名残惜しそうに手を振り、また塔へと走っていった。

パタパタと、鳥がまた肩へと留まる。


「あれ、なに?」


「メイスはね、アトラーナで私の初めてのお友達なんです。」


「初めて?アトラーナに友達はいないの?」


「ええ……そうですね…………

友達と言えない、親しくして下さる方はいらっしゃることはいらっしゃるんですが・・」


家族以外誰がいるだろう。

この血のような髪を綺麗だと言ってくれる人は……


「彼は本当に、私にとって大切な方なんです。」


つぶやき、また出立を待つ人々の元へ戻って行く彼の横顔を見て首を振ると、ヨーコはどこかへと飛び立って行く。

やがて出立式を終えて馬車や馬に別れ、一行は一路レナントへと旅立っていった。





ザアア……バシャンバシャッ!


メイスが井戸から水をくみ上げ、何度も何度も手を洗う。

赤い髪はまるで、血に塗れたように不吉な気味の悪い物だった。


「ああ、気持ち悪い。感触が消えない。あんな奴、早く消えてしまえばいいのに。

さっさと死んでしまえ!呪われろ!」


いつも洗い物に使う麻のきめの粗い布を取り、赤くなるほどにゴシゴシと手をこする。


「ククッ、しかしあいつ、なんてのんびりした奴だろう。

友達だって?トモダチ?ククッ……ククク……」


肩をゆらし、含み笑いでこらえる。

ふと気が付くと井戸の影から黒いトカゲが姿を現し、舌をちょろりと見せた。


『メイスヨ、首尾ハ?』


「お言いつけの通りに。

先ほどレナントへ加勢が行きました。」


『赤イ髪ノ少年ハイカガシタ?』


「共に旅立ちました。あの血に濡れた汚れし者、捕らえてなぶり殺しにでもされますのですか?

細く白い首、危うくこの手で絞めるところでした。クスクス……」


メイスがクククッと鳥のように笑う。


『可愛イ奴ヨ。働キ期待スル。』


「我が君のためなら何なりと、リューズ様。」


メイスが手を差し出すと、トカゲがつるりと袖のスキマから腕を這ってくる。


「あ、ああ、あ、あ……」


身体をはい回るトカゲのヒヤリと湿った感触が心地よく、紅潮した皮膚が快感に泡立ってくる。

やがてトカゲの姿は黒い煙となって彼の身体を包み込み、大きく息をつく口から身体の中へと吸い込まれて消えた。


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