14、初めての友達
すでに日の傾いた中廊下を歩きながら、うつむいてクスリと笑う。
アトラーナでの初めての友達に、王や魔導師達の冷たい言葉は胸の中で静かに眠っていた。
ここが針山のような場所であることは先刻承知で来たのだ。
心を静め、自分にできることをしなければ。
でも……まさか友達ができるなんて、なんて嬉しい・・・
「メイス……」
彼の微笑みを浮かべるだけで、胸が温かく自然に顔が緩む。
友人とは、なんと素晴らしいものか。
名を気楽に呼び合い、髪の色も目の色も関係なく、気兼ねなく心を許しあえる……ともだち。
そんな方が自分にもできるなんて。
すぐにも母やヴァシュラム様に伝えたい。
そんな気持ちになった。
「おい!」
ハッと顔を上げる。
すっかり忘れていたが、フェリアが憤怒の表情で仁王立ちしていた。
「これはフェリア様、お父様はいかがされました?」
「お父ちゃまはしばらく城にお泊まりだそうじゃ。わしはリーリと一緒にいる。」
「それは構いませんが、私の部屋にお泊まりは出来ませんよ。ここではリリスはフェリア様の使用人です。
身分が違いますから、お家にいる時のようには参りません。夜は用意されたお部屋へお戻り下さい。」
「イヤじゃ、ずっと一緒にいる!
人の目など気にするな、わしらは家族ではないか。お父ちゃまもそう仰っておる。」
「フェリア様……」
力強いフェリアの言葉が、リリスには嬉しい。
家族は、本当の家族はここにあるのだ。
「わしは常にリーリと共にある。わしがリーリを守るのじゃ。」
「フフ……それはどうもありがとうございます。
でも、大きなお世話にございますよ。ちゃんとのちほどお送りしますからね。」
ピンクのコットンドレスに着替えているフェリアの服の乱れを直し、ハンカチで口に付いている焼き菓子のクズを払う。
ちっとも当てにされないフェリアが、プウッと頰を膨らませた。
「ムカツクのう、リーリに舐められぬよう早く育たねば。」
「急に育つのはご遠慮下さい。お母様がまた火のように怒られますよ。さ、参りましょう。」
手を引き、歩きながらクスッと笑う。
「リーリ、何があった?なにやら嬉しそうだのう。」
「いいえ、別になにも。」
リリスはまた思い出したように微笑む。
何も語らなくても、リリスの喜びはフェリアにも嬉しい。
フェリアがリリスの顔を覗き込み、朗らかに笑ってスキップを踏んだ。
部屋の掃除を終わり、持っていた美しい瓶の水で四方を清めメイスが部屋を出る。
替えたシーツを持って階段を上りかけたとき、階上からリンリンとベルの音が響いた。
慌ててシーツをカゴに放り上へ上へと急ぎ、魔導師でもあり薬師のラインの元を訪れる。
ドアを開けると、ラインが本に目を通しながら薬を調合している最中だった。
「ああ、急がせて悪いね。」
「申し訳ありません、時間を忘れておりました。」
「メイス、時間にきっちりな君が時を忘れるほど、何をしていたんだい?」
「はい、部屋で気味が悪い物を見ましたので、掃除と清めを。」
「気味が悪い物?地下に虫でも入ったかな?」
「ええ、醜い大きな虫が。でも丹念に掃除をいたしましたので大丈夫です。」
「そうか、じゃあこの薬を王妃の元へ届けておくれ。
いつものように、煎じて食後にお召し上がりになるようにと。粗相の無いように、確実にね。」
「承知しました。」
薬草の粉が袋に入っている包みを受け取り、一礼して出て行く。
階段を下り、そして小走りで塔を出るとまわりを見回す。
見回りの兵に微笑んで頭を下げた。
「お使いかい?メイス。」
「ええ、後宮へ。」
「それは粗相の無いように、気をつけてな。」
「ありがとうございます。」
兵と別れ、サッと物陰に隠れた。
そして懐から短剣を取り出し、薬草の入った袋に差し込んでブツブツなにやらつぶやいた。
薬草は一瞬暗く変色し、やがて元の色へと戻る。
メイスはそれを確認してほくそ笑むと、王妃のいる後宮へゆっくり向かっていった。