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134、密かな決断

突然のレスラカーンの申し出は、側近のライアを驚愕させ、うろたえさせた。


「ライア……」


ライアの気持ちがわかるだけに、レスラカーンも肩を落としてうつむく。

これまですべての危険に背を向け、逃げることで安全に道を歩いてきた。

だが、それでは駄目だと気がついたのだ。


「私は、リリス殿を信じたい。」


「なりません、この事が父君に知れれば跡をお継ぎになる事さえままならなくなりましょう。

リリス殿は今微妙な立場、巫子と認められなければ……おわかりでございましょう!

巫子のかたりは重罪、やもすればお味方なされたレスラカーン様まで失脚なさいます。そうなれば父君がどれほど悲しみになられるか!

どうか、慎重になって下さいませ。」


「ちょっとライア!本人前にしていい加減にしニャさいよ!」


たまらずアイネコがテーブルに飛び上がり、ライアに食ってかかる。

それを無視して、レスラカーンの手に手を重ねた。


「ライア……しかしフェリアの……」


「それとこれとは別です。どうか、お考え直し下さい。」


険しい顔のライアが、チラリとリリスの顔を見る。

リリスには、王族であるレスラカーンの助け手は喉から手が出そうなほど欲していることだろう。

きっと苦々しい顔で自分を見ているに違いないと思ったのだ。

しかし、ライアは驚いて彼を見た。

リリスは、穏やかな顔で自分たちを見て微笑んでいたのだ。


怪訝な顔で自分を見るライアに気がつき、リリスは慌てて頭を下げた。


「あっ、失礼致しました。ちょっと、うらやましくて……」


「うらやましい?レスラカーン様に失礼であろう。」


「はい、申し訳ございません。」


「どうしたのだ?ライア。」


様子がわからずレスラカーンが見えない目を開く。


「いえ、リリス殿が笑っているので注意申し上げたまで。」


「あっ、いえ、笑っていたのではありません。

レスラカーン様、ご心配なさるお付きの方のお気持ち、重々承知致しております。

リリスは、お気持ちだけで十分でございます。

わざわざここまでおいで頂いただけでも、フェリア様もきっと喜んでおいででしょう。」


「しかし、私は本当に……」


「いいえ、いいえレスラカーン様。

あなた様を大切に思っていらっしゃるお方は、納得していらっしゃいません。

この事を押し通しても、それはいずれあなた様のお心を痛める事になるやもしれません。

それは、このリリスも、そしてフェリア様も望まぬ事。

巫子という言葉を口にする事で、人の運命さえ左右する時がある。私はこの存在の重さを、あらためて知る事が出来ました。

私は巫子になれないかもしれません。

ですが、私は否定される言葉に抗って見せましょう。私は……

私は、ザレル様に家の名を頂きました。

私は、リリス・ランディールとなれるのだそうです。

ずっと、ずっと、私がずっと欲しかった物……それが、やっと頂けるなんて。

こんなに嬉しい事…………でも、でもこれほど重い事…………

………………

この名がある限り、私はおいそれと罪人になるわけには行きませぬ。

どうか、レスラカーン様。

心の片隅でひっそりと見守って下さいませ。

私はそれで十分でございます。

今日、このようにお声をおかけ頂き、リリスは幸せ者でございます。ありがとうございました。

間を取り持って頂いたフェリア様にも感謝しきれません。」


レスラカーンが口を開きかけ、そして小さくうなずくと立ち上がった。


「お主の気持ち、了解した。私は私に出来るだけの事をしよう。

ライア、戻る。」


「ええ?戻るの?ねえレスラったらニャーン」


レスラカーンがアイネコの頭を撫でて立ち上がり、ライアに手を引かれ部屋をあとにする。

一つ大きく息を吐き、ライアの手をギュッと握った。

無言のまま廊下をしばらく行くと、父の側近の一人が白いヒゲを撫で厳しい顔で待ち受けている。

恐らくは、誰かが密かに知らせたのだろう。


「レスラカーン様、軽はずみな行動はお控えなさいますようにと、お父上様からのお言葉です。」


「わかってるよ、アイボリー。

でも私は彼が信じるにたる人間か、そうでないのか、話を聞きたかったのだ。

あの噂の真偽にも興味があったしね。」


「父君をお継ぎになると宣言なさったのをお忘れか?お控えなさいませ。それは王子に対して無礼なお言葉にもなりましょう。

あまりお言葉が過ぎますと、謹慎をお言いつけになられるやも知れませぬぞ。

ライア、お前は側近であるならお止めする事も仕事のうち、主人の足を引っ張るような事をするなら側近から降ろさせる。よいな。」


「はい、父上様。申し訳ありません。」


「うむ、返事はよろしい。ライアはあとでわしの部屋に来るように。」


アイボリーはくるりと上着を翻し、暗い廊下をドスドス歩いて消えて行く。

なんとなく二人ポツンと廊下に残され、レスラとライアが顔を合わせた。


「怒られちゃったよ、ライア。」

「はい、怒られちゃいました。」


クスクス笑いながら、部屋へと足を進める。

アイボリーは厳しいが優しい男だ。

昔は相当腕を鳴らした騎士らしいが、腰を痛めて騎士廃業した。

それでも、デスクワークが得意だったのが幸いして、そのまま宰相の側近を続けている。

そして、サラカーンの屋敷で下働きだったライアの願いを聞き、自分の養子にしてレスラカーンの側近にまでなる事に手を貸してくれた。ライアの義父だ。


「あとできっと、私は父上に聞かれますね。

さて、どこまでお話ししましょうか。」


「そうだな、とりあえずリリス殿は死ぬ気は一切無さそうだと。」


それはつまり、本物の巫子だと言う事か。


「承知しました。」


「おや?ライアは随分素直だ。」


「まあ、………そう言う事です。

私は、年上に何か言い聞かされている、そんな気分でした。きっと詐欺師なら全財産持って行かれますね。」


「そうだな、面白い。こんなに面白そうだと感じた事はない。

叔父上との対面が楽しみだ。」


「あの方は命がけ、周りはすべて敵でございましょう。

悪趣味でございますよ。」


回廊に出て、空を仰ぐ。

空には星が瞬き、青く澄んだ空気が肌にヒヤリとする。


「ライア、彼の声は……誰かに似てたと思うよ。」


「どなたでしょうか?気がつきませんでしたが。」


レスラカーンは答えずただ笑っている。

ふと、建物の影に青く燃えるように輝く蝶がチラリと見えた。

ライアが気がつかない様子でプイと顔を背ける。

蝶はひらひら舞い飛びながら、リリスの部屋の方へと消えていった。


「影は消えたようです。」


ルークから知らされた、あの怪しげな蝶の存在。

ライアが目で追ってホッと息を吐き、主の耳にささやいた。

レスラカーンがうなずき、彼にひっそりとささやく。


「ふふ……彼が飛びついてくるようなら、手を貸さないつもりだったのに。

やれやれ、これで仕事が増えた。」


「この3日が勝負でございましょう。

では、まずは長老のデヴリス様の側近に使者を送ります。

彼の方は長くアトラーナをご覧になってきて、最近の王家のありように密かに不安を感じていらっしゃるとお聞きします。

説得もいくぶん容易かと。

そこが突破出来れば、あとの方々にも話が付けやすいかと存じます。」


「神殿信仰の強い者にも話を付けよう。」


「はい、今密かに調べさせております。」


「さすがライア、頼む。」


「は」


2人が歩き出す。

歩く先にはどんなリスクが待っているか知らない。

しかし彼らの心にはなぜか、明るい火の明かりが灯ったように、足下が明るく見えた。

リリスは、彼は本物だ。

そうレスラカーンは判断しました。

今まで動くことさえ諦めていた彼が、密かに動く。

それがどのくらい影響があるのかはわかりません。

しかし、彼は次代を担う若者なのです。

アトラーナにとって何が最良か、の判断が求められます。

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