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129、勝ち取った物

夜もすっかり暮れて、部屋からは穏やかなランプやろうそくの明かりが漏れてくる。

ヒヤリとした風に、これから始まる長い夜を見回る兵達が、身を引き締め星空を仰いだ。


本城ではリリス達は湯浴みも済み、ようやく旅の汚れも落とし、身ぎれいにしてザレルと遅い食事を囲んでいた。

フェリアの事も聞いて、少々ガッカリした様子でリリスが食事に向かう。

リリス自身、最悪の事態の覚悟もしているので、出来れば一目会っておきたかった。

元気で飛びついてくる可愛い彼女の姿を思い浮かべると、恐い思いをさせてどんなに心細かったろうと思う。

しかし、もし自分が命を落とす結果になる時は、彼女がいなくて幸いするかもしれない。

フェリアには幸せになって欲しい、自分の死の瞬間など見せたくはない。


リリスの瞳がぼんやりとグラスの水を見つめ、スープをすくっていた手が止まる。


「どうした?食欲がないのか?」


ザレルが少し心配して尋ねた。


「あ、いえ。ちょっと考え事です。」


「イヤイヤ、さすが本城は食事も上品で美味しゅうござるな。

リリス殿も、早う酒が飲める男になりなされ!」


明るく話すブルースも、さすがに羽目を外さない様子で酒をちびちびとやっている。

食事は手間だが厨房から隣室へ運んでとりわけ、侍女が一人一人に皿を出す。

遠慮無く、特にリリスに食べて貰うためだ。

ザレルも出来るだけのことをしようと、リリスの身の安全と共にレナントの騎士のために配慮を配った。

給仕を勤める二人の侍女のうち一人は、ザレルの懇意にしている兵士の妹だ。

リリスのことは、召使いではなくザレルの息子と理解してくれている。


「私は大食堂の方でよろしかったですのに。」


リリスが、給仕して貰いながら気の毒そうに小さくなる。

隣のミランが、相変わらずだと笑った。


「本当に、リリス殿はお世話していただく事に慣れてないのですね。」


「そうなのだ、ミラン殿。この子は小さい頃から気がつきすぎるのでな。」


ザレルがあごを撫でながらため息混じりに酒を飲む。

リリスがその仕草に、赤い顔でむうっとむくれた。


「だって私はそれが普通なんです。

皆様のお世話をさせて頂くのが私の仕事でしたから、そうしているのがラクなんです。」


「するとリリス殿を辟易させるなら、散々お世話すればよいと言うことですな?

それはよい!あっはっは!」


赤い顔のブルースに、ガーラントが睨み付ける。


「ブルース、飲み過ぎだ馬鹿者。」


ブルースはニッと笑い、彼のグラスになみなみと酒を注いだ。


「お前も飲まぬから、人が飲むのが鼻につくのだ。それ飲め!」


「まったく、緊張感のない奴だ。」


酒を控えていたガーラントも、眉間にしわを寄せながら一口飲む。

思わぬ美味さにもう一口と口に運んでいると、ザレルもグラスを掲げた。


「良い酒だろう。ただし、今夜はその一本だけだ。」


その言葉に、ガーラントがハッとしてグラスを置く。

ブルースもその言葉の意味がわかったのか、グラスを置いて肉を食べ始めた。


「ザレル様は、ずっとこちらに詰めていらっしゃるのですか?

ご自宅はお近くなのですか?」


「うむ、最近は落ち着いているが、これも王命でね。

こちらにはサラカーン様のご子息もいらしているので、当分は守りを固めているのだよ。まあ、俺が一人いる所で大した力にもならんがな。」


「えっ!」


リリスが目を丸くしてザレルを見つめる。

会話していたミランとザレルが、怪訝な顔でリリスを向いた。


「なんだ、どうした頓狂な声など上げおって。」


「だって、ザレル様が謙遜されるなんて、初めて見たんですもの。」


本当に驚くリリスに、ザレルの顎がガクンと落ちる。

この年で成長などと、言うのもはばかられて小さく首を振った。


「おま……え、今度ゆっくり話をせねばならぬようだな。」


がっくり肩を落とすザレルに、リリスの明るい笑い声が響く。

その声が耳障りなのか部屋の外にいた騎士の一人が眉を寄せ、給仕の侍女が運ぶトレイを止めてフタを開けた。


「何をなさいます。こちらは……」


「あの赤い髪の奴隷に給仕か、随分贅沢だな。

このジュースはなんだ?」


「こちらは温かな飲み物をと騎士長のご配慮です。

おやめ下さい、料理が冷めます。」


「ふん。」


「あっ!なにをなさいます。」


騎士はわざとフタを横の飾り壺の上に置き、プイと顔をそらす。

侍女がそれを取る隙に、ジュースに懐から取り出したビンの中身をすばやく入れた。

侍女はフタを手に、急いで料理を運ぶ。

それを見送りながら、騎士は不服そうに小瓶を指でつまみ、窓から庭に投げ捨ててため息をついて暗い廊下を歩き始めた。




隣室で料理をとりわけ、冷めないうちにと侍女が2人で手分けして料理を出す。

遅れてメイドが息を切らし、ジュースを一つ運んできた。


「粗相をしてしまいまして……お待たせして申し訳ございません。

こちらはセフィーリア様から頼まれておりました、温かなジュースです。どうぞ。」


果物をすり下ろした温かいジュースは、色んな果物をミックスしていて軽くジンジャーやハーブを加え、セフィーリアの作る物で身体に良くリリスが大好きな飲み物だった。

セフィーリアには留守にする前にレシピを渡されて、リリスが帰ってきたら出すよう頼まれていたのだ。



「あっ!これ……」


それは見慣れた薄いピンクの優しい色で、甘酸っぱい香りが立ち上り、カップを持つとジンジンするほど暖かい。

リリスは思わぬ気遣いにパッと顔を明るくして、ザレルを見た。


「セフィーリアが絶対出せとうるさくてな。

さあ、冷めぬうちに飲むといい。」


リリスが嬉しそうに、フウフウ息を吹きかけてそっと口に含む。

甘酸っぱくて、ほんのり良い香りがしてぴりりとちょっぴり辛い。

昔、小さな頃からセフィーリアは夜リリスと二人っきりになると、良く寝る前にこれを作ってくれた。

それはどんどん美味しくなって、大きくなるとピリッと辛くて身体が温まる味が増えていった。

これは、リリスにとって母の味なのだ。


「ああ……美味しい、とっても美味しいです。」


嬉しそうに、ザレルに微笑む。

涙がほろりと出そうになるのを押さえ、すっかり飲み干した。


「セフィーリア様はリリス殿のお母様と仰ってましたね。」


「はい、私は使用人でしかなかったのですが、幼少の時よりとても良くして頂きました。

魔導の師匠でもありますが、師を越えて母にとお申し出頂いた時は、とても嬉しいことでしたが結局はお偉い方々に認めていただく事は出来ませんでした。

本当に、こんな身分もない自分には、もったいないことです。」


視線を落としながら思いでいっぱいになるリリスに、ザレルが一つ咳払いする。


「俺はお前の父だがな。」


「うふふ、家ではそうでしたね。でもここでは……」


「父でよいのだ。もうすぐ正式に籍にも入る。

お前の先日の働きで、上にも許しを得ることが出来た。

すぐに願いを出したから、手続きが済むのももうすぐだろう。

広間にいらした貴族殿はご存じではなかったようだな。」


「えっ!」


思わず立ち上がり、ザレルの顔を見る。

思いがけない朗報に、リリスの手からカップが落ちそうになった。


「うそ……」


「嘘ではない、今度は大丈夫だ。

お前が帰ってくるまでに手続きを終わらせたかったが、騒ぎで時間を取ってしまった。

だが、明日にも終わるだろう。

お前の名はリリス・ランディール。そう名乗るがよい。

この名はお前が勝ち取ったのだ、よく頑張った。」


どれほどの手間をかけたか知れない。

ずっと、お互いがそれを望んできたことは、互いが十分知っている。

ようやくその日が、この微妙な時に来ていたとは。


「良かったですね、リリス殿。」


「おお、これはめでたい。」


「おめでとうございます、騎士長、リリス殿。」


ガーラントが見たこともない明るい顔で、グラスを掲げた。


「感謝する、我が子に乾杯だ。」


ザレルの言葉に3人の騎士がグラスを上げ、入っていた残り少ない酒を飲み干した。

リリスはただ驚いて、口をポカンと開けたままストンと座る。

祝いの言葉をかけられても、それも耳に届かない。

自分がこんなに幸せでいいのか、目を見開きニヤリと笑うザレルをただ見つめていた。

ずっと家族が欲しかった、ずっと名前に家の名が欲しかったのです。

でも、それは今ではありませんでした。

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