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112、自分のことが一番嫌い

その夜、リリスは休む前にメイスの元へ、セレスが留守をしている部屋へと赴いた。

部屋の前には、相変わらず兵が神妙な顔で二人番をしている。

二人には軽くお辞儀して迷いながらノックをすると、間を開けずにサファイアがドアを開けた。


「あれ?部屋はお隣では?」


「イネス様がこちらへ移られたのです。どうぞ、イネス様は寝室で瞑想中ですのでお静かに。」


「はい、それでは失礼します。」


リリスがそっと中へ入り、メイスの部屋へと通される。

カナンは疲れも見せず、にこやかに笑ってメイスとひっそり話を交わしている様子だった。


「おや?少し元気が出たのですね?」


「ええ、先ほどイネス様が癒しを行なわれたのがとても効いたようです。

イネス様の癒しは、自然と一体化することでとても身体に優しくて回復も早めますから。」


メイスは腕の痛みが減って身体もラクになったのが幸いしたのか、顔つきも穏やかになっている。

カナンが十分に世話をしてくれるおかげで、心も落ち着いたのだろう。

しかしメイスも今朝のこともあり気まずいのか、リリスの顔を見ると布団に顔を埋め未だ戸惑って見えた。


「メイス、あなたは時が来ましたら地の神殿で修行をしなくてはなりません。

あなたは巫子なのだそうですよ。恐らくは火の関係だと思うのですが、フレアゴート様に尋ねなければ私にもよくわからないのです。」


「それは昨夜、セレス様からお話が。

メイス様も地の神殿で修行を積まなければならないことは、お聞きになりましたね?」


メイスが布団の中でこくりとうなずく。


「でも……自信……ない……」


小さな声が、布団の中でぽつりとした。

急な話で戸惑っているのは、メイスも同じなのだ。


「どうやら私も火の巫子なのだそうです。

私は明日から旅に出て、本城へおもむき火の巫子のお許しを得てきます。

火の巫子として引き継ぐ物が有るそうなのですが、どうなるかわかりません。

ですが、希望を持ってがんばってきます。


それと……

事が落ち着いたら、もう一つやるべき事が出来ました。

巫子が許されたら、火の神殿の再建を願い出てきます。

それが叶うか叶わないか、今の私にはわかりません。

恐らく……一笑に付され終わってしまうでしょう。

でも、もし叶う時には、メイスにも手伝って欲しいのです。


だから、頑張りましょう。

あなたの為、そして私の為。

困っている人の為、救いを求める人の為、すべての人、そして精霊達の為に。」


「そんな……無茶な……」


メイスが苦笑して冗談ごとと眼をそらす。

リリスはしかし笑って彼の頭をなで、大きくうなずいた。


「その何分の一でも実現できたらステキでしょう?

でも……城の援助は受けられないと思います。

きっと、身分は認められず、最初は貧しくて食べるにも困るかもしれません。

でも、それでもいつか、皆さんに受け入れられ、心のよりどころとなると思っています。

実現できなかった時は、地の神殿でお世話になりましょうか?

一緒におふだを売りましょう。」


「おや、おふだを売るのも大変なんですよ。

計算間違いすると、一人で外来者用ご不浄(トイレ)掃除1ヶ月の罰が待ってます。」


カナンが横から笑って言う。

3人でクスクス笑って、手を重ねた。


「きっと許しを得て帰って来ます。だから、メイスはどうか心をしっかり持って。あなたはあなたでいて下さい。」


「どうか、無事で帰ってきて。僕はリリスを待ってるよ。」


「メイスのことは、私にお任せを。リリス様はどうかご無事でお戻り下さい。」


「ありがとう、頑張ってくるよ。」


メイスが落ち着いた様子なのでホッとして、リリスがカナンにあとを頼み部屋を出る。

それを見送り、メイスがクスクス笑った。


「なんて馬鹿な奴だろう。本当に夢みたいな事ばかり言って、本当にあいつ……馬鹿だ。」


「出来ないことだと思いますか?」


「当たり前だよ、そんな大きな事。

途絶えた神殿を起こすなんて無理な話だよ。

なんとかなるかもとか、わからないとか、そんなのばかりだ。

ゼロから始めるなんて、出来るわけ無いじゃないか。


だいたいあの城の、身分にうるさい奴らがあいつの話をまともに聞くわけ無い。

僕らは下働きの奴隷と同じだよ、あいつらにとってゴミみたいな物だ。

それを、それを巫子だって?ははっ!きっと取り合ってももらえないさ。

そうさ、あいつが帰ってこない時は、首でもはねられたに違いないよ。」


「あの方は、本当ならば王のご長子様、このアトラーナのお世継ぎなのですよ。」


メイスが眼を見開いて、思わず身を起こした。


「そんなこと……ありえない。だって、あいつは使用人で……」


「王子であるはずの方が、あの髪と目の色の為だけで生まれてすぐに最低の身分に落とされたのです。

それが何を意味するか……

あの方は、命をかけて直訴なさるのです。

自分の周りすべてを敵に回しても。

騎士長であるあの方のご主人様でさえ、風のドラゴンの師でさえ、どちらに付かれるかわかりません。

それでも、あの方は人の為に巫子になる事を、火の神殿を起こす事を決意なさったのです。

誰にも、あの方を馬鹿だと笑う事など許されないでしょう。」


メイスがギュッと唇をかむ。


生まれが違う。

なにかすでにリリスと差をつけられているようで、どこか悔しい。


そんな、そんな醜い感情が先に立つ自分が……

こんな自分が巫子なんか出来るわけ無い。


「ああ……いやだ、僕はイヤだ。僕は心がねじ曲がってる。」


急に自分が嫌いになって、ギュッと髪を掴みうつむいた。

カナンがベッドに座り、彼の肩に優しく手をまわす。

ギュッと抱きしめ頭をゴツンと当てた。


「そう、自分で自分の姿をかえりみるのも大事なのです。

あなたはずっと自分の感情を押し殺し飲み込んできた。

心の澱を吐き出して、新しいあなたを作り出していくのも修行のうち。

さあ、あなたの修行はすでに始まっています。」


醜い自分も、すべて受け入れ、それを見て直してゆく。

メイスが髪から手を離しカナンの腕をギュッと握る。


「僕は、自分が一番嫌いなんだ。」


「じゃあ、これからどんどん好きになっていきますよ。僕もメイスが大好きです。」


「………ありが……とう……」


自分を好きと言ってくれる。

それが二人もいてくれる。

メイスはセレスの気高い姿を思い浮かべ、自分にその片鱗も近づけるかと、キュッと顔を引き締めた。


鏡を見ます。

自分の顔の嫌いなところが真っ先に目に飛び込みます。

いいところがあるはずなのに、そこから目が離せない。

だから自分の身体が嫌い。


明るく普通に生きているはずなのに、

ふとした時、憎しみ、嫉み、貶める、暗い感情に気がついて、

自分のそう言う面が許せない、だから嫌い。


嫌い、でも好き、

好き、でも嫌い。


自分が好きですと大きな声で言える人は少ないです。

そうです、みんな同じなのです。

自信に満ちた人も、もしかしたら自分が嫌いなのかもしれません。

人間って、そう言うものです。

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