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110、セレスは隣国へ

絶句したリリスとメイスが、言葉もなく立ちすくむ。

口を開きかけて、そして閉じた。

リリスが一つ息をつき、そして歩み寄るとカナンに服を着せる。

前の合わせを閉じ、服を整えて彼の身体を抱き寄せギュッと抱きしめた。


「私は、火の巫子だと言われました。

だから私は、詫びねばなりません。カナン様。」


「いいえ、あなたが詫びる必要はありませんリリス様。

あの時の事は良く覚えています。

夜中皆が寝静まっている時、ぐずって起きてしまった妹に本を読んで上げようと、台所の残り火でろうそくに火を付けました。

あれほど一人で火を使ってはならないと言われていたのに。

そして、本を読んでいる途中で、そのろうそくが倒れてしまったのです。

私は、火が付いた事を皆に伝える事を忘れて、必死で一人で消そうとしました。


私は……その時、ただ……ただ、両親に怒られるのが恐かった。


でも、火は本を燃やし、服に移り、寝具へと広がり、そして手に負えなくなると……私は、一人で逃げたのです。


燃え広がる火の中、妹の小さな手を離してしまった自分を、私は一生許さないでしょう。

小さな子供とは言え、私は身がすくんで動けないでいた妹さえも、熱さと恐怖で見捨てて逃げてしまった。


メイス、私も生きなければならないのです、人の為に。それは自分の為でもあります。」



ポタポタと、メイスの目から涙がこぼれ落ちる。

手を震わせ、しゃくり上げながら途切れ途切れに、今まで胸にしまっていた言葉を吐いた。


「私は……私は、恨んで、恨んで……くやしかった。


家族……みんな病気で……どうしていいのかわからなくて。


私は……僕は、何も出来なかった!苦しんでいたのに、うつる病気だと医者にも来てもらえなくて!

誰も助けてくれなかった!助けてって言ったのに!!

父さんも母さんも、婆様も、みんな次々死んでいったのに!


村の人は…………そして……何とか葬儀だけでもと頼んだ僕を無視して、そのまま家に火を付けたんだ。

病気を恐れて、井戸も埋めて、僕には村を出ていけって……

でも僕は、家の焼け跡から離れる事が出来なかった。


あれは、家族の墓なんだ。あれは……

僕は、毎日水と食べ物と寝る場所を探してさまよった。

虫のように追い払われても、石を投げられても……


僕は、あの村の人が……この国の人が許せない!」



カナンがメイスを胸に抱き涙を流す。

リリスも二人を抱いて、涙を流した。


不幸と不運と人の過ちの重なりが、一人の人生を狂わせてしまう。

そこに救いがあるか無いかで、歩む道を踏み外してしまった。

神殿は、アトラーナの人々の救いの場であり、学びの場であり、導きの場である事をリリスは地の神殿に通って良く知っている。

地の神殿がなかったら、今の自分はあり得なかった。


もし、メイスが神殿に助けを求めていたなら……

家族を救えなくとも、一人残ったメイスの心を癒す事が出来たのかもしれない。


心の中で、リリサレーンが泣いている。

自分やカナンは地の神殿に救われた。


ならば……



リリスが顔を上げる。


自分は今まで、自分の事ばかり考えて術をひたすら磨いてきた。

自分はこれから、人の為に術を磨き精進しなければならない。

一人一人を、より多く救う事が出来るならば……


火の神殿の再興を。


出来るだろうか、自分に。

それで人が救われるかなんてわからない。

人を救うなんて、このちっぽけな自分がおこがましいけど、心の支えになるならば。


その為に、指輪とフレアゴートの3番目の目を手に入れなければ。

リューズがもし火に関係する術師であれば、和解して共に火の神殿を再建出来ないだろうか。


「私は、やらねばならない事が見えてきました。」


リリスが二人に力強く語りかける。

不安と迷いで揺らいでいたリリスの心が、強く一つに固まった。





ミューミュー、ミューミュー


この世界の馬である大型の猫のミュー馬の声が城中に響く。

城の中庭に、隣国の使者達が旅支度を済ませ集まっていた。

ミュー馬が十頭ほどに一頭立ての馬車が2台。


馬車に途中の野営の為に食料を積み込みながら、交流して親しくなった兵が歓談を交わし別れを惜しむ姿も見えた。


ガルシアに挨拶を済ませたエルガルドが馬に乗り、手を上げる。

その後ろで、ルビーと共に馬に乗るセレスがイネスに手を挙げた。


「兄様!どうぞご無事で!」


「後を頼むぞ。」


セレスの無言の視線を受け、リリスも頭を下げて見送る。

名残惜しく手を振って見送るイネスの後ろで、リリスはサファイアを見上げた。


「あの、ルビー様のおけがは大丈夫なのでしょうか。」


「ええ、ご心配なく。セレス様の癒しはたいそう効くらしいのですよ。

リリス様も明日は旅立ちでしょう、イネス様も気を落とされなければいいのですが。

そう言えば、何か困ったことがございましたら、お気兼ねなくおっしゃって下さい。」


「え、いえ、大丈夫です。特に何も……」


「グルクでしたらコートはお持ちですか?

イネス様のコートをお貸ししましょう。」


「い、いえ、あの……」


ドキッとリリスが視線をはずし、うつむいた。


どうしよう。

貸して下さいと言って良いのか、イネス様もお使いになる時困られるだろうし、自分があの真っ白なコートを着るなんて身分違いも甚だしいし……


「リリ!」


気がつくと、イネスが腰に手を当て怒った様子で目の前に立っていた。


「お前はー、また遠慮しているな!

サファイア!俺のコートをリリスに渡す、……いや、待て、護符の術を強化して渡すから準備しておけ。

あと……えーと、いくらか金貨も用意しろ、旅にはお金がいる時もあるんだろう?

お前の荷物は腰の剣だけじゃないか、毎日同じ服着てるくせに、強がってんじゃない!」


なんと、


リリスが呆然とイネスの顔を見る。

そこまで気がついていたとは、気がつかなかったのだ。


「はい、イネス様。」


嬉しくて、リリスが明るい顔でニッコリ笑う。

しかしイネスは内心くやしい、そう言う身の回りのことに自分は疎い。

気が回らなかったのが、なんだかくやしい。

兄宣言したんだから、なんでもしてあげたいのに。


「でも、イネス様がお困りに……汚してしまうかもしれませんし。」


「俺はコートを使う予定は今のところ無い。

コートは神殿に帰れば何枚も持ってるんだ、真っ黒になっても、真っ茶色になっても構わん。

それにアレには強力な護符の術を織り込んで作ってある、今のお前には必要な物だ。

それと……お前が必ず無事にここへ帰ってくるように、俺の願掛けだ。」


「イネス様……

リリスは必ず、指輪を取り戻して帰って参ります。」


「いいや、指輪なんかどうでもいい。お前が必ず無事に戻るんだ。いいな。」


「はい。」


イネスがリリスの頭を両手でくしゃくしゃに撫でてニッと笑う。

そしてくるりときびすを返し、城内へと戻っていった。


みんな、目的を持って、バラバラになります。

恐らく今のレナントは、最強の場所だったでしょう。

こういう時、一番心わびしいのは残されるイネスです。

でも、彼は最後にせめてリリスのお兄ちゃんでいようと思います。

ここは男気と根性です。

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