第三十一章 磁渕、甜憲紅を怒らせる 1
甜憲紅は白貂娘の侍女としてこの南華巡幸に同行していた。
本心では常に主人である白貂娘と行動を共にしたかったが、白貂娘自身は当然のことながら太子と行動を共にする事が多く、そうなると、陪臣にすぎない甜憲紅が同行することは許されない。
結果として彼女は白貂娘が宿泊所に帰って来るのを待つ事が多くなった。
そして白貂娘は、その時間を自由時間として、甜憲紅に穣丘を自由に見物してもよいと言った。
しかし彼女は一人で見物をしても心細いと思ったため、せいぜい宿舎の庭を歩きまわる程度の行動しか取らなかった。
その日も甜憲紅は一人で白貂娘の帰りを待つ事っていた。
とはいえさすがに五日目ともなると、ただその辺りを散歩するだけでは飽きて来る。
彼女が思い切って街の方へ出てみようかと迷いながら、門の方へと近づくと、そこでは晁雲が一人の背の高い男子と話をしていた。
甜憲紅も個人的に晁雲と親しくなってはいたが、それでも彼の邪魔をして外に出る事に抵抗を感じた。彼女が引き返そうとすると、その前に晁雲の方が彼女に気付いた。
「甜さん、丁度良かった。今、次傅宛てに贈り物が届いたので、受け取って頂けるでしょうか」
そう言われて甜憲紅は困った。なぜなら、そうした贈り物は受け取らないよう、白貂娘から厳重に注意されていたからである。
晁雲は甜憲紅が困っている事に気付き、直ぐに補足をした。
「磁計侃という男からですが、次傅も了承済みです。心配しなくても大丈夫です」
先日、白貂娘と話をした磁計侃は、彼女が酷い船酔いに困っている事を聞いた。そこで彼は、穣丘族に古くから伝わる、酔い止めの薬を調合して、自分の末の息子に届けさせたのである。
「渕君、次傅が戻られるのは遅いでしょうから、わざわざ待たずとも、甜さんに預かってもらえばよいでしょう」
磁計侃の息子である磁渕は、甜憲紅を見ると、明らかに見下げた態度で、晁雲の勧めを断った。
「いいえ、父上からは直接、渡すよう命じられました。それを子供に預ける訳にはいきません。次傅が戻るまでここで待ちます」
背が高いため、自分よりも年上かと思ったが、まだ声変わりをしておらず、せいぜい自分と同い年ぐらいのようである。その少年から子供扱いされ、甜憲紅も腹が立った。
「そうですか。ではここで待っていればよいでしょう。晁主簿、少し外を散歩してもよろしいでしょうか」
晁雲は二人が意地の張り合いをするのを、面白そうに見ていたが、甜憲紅が外に出るのは直ぐには許さなかった。
「昨日から、ここの警備を厳しくするよう太守から言われているのですよ。ですからたとえ甜さんでも、一人で散歩に出す訳にはいきませんね」
わざと思案顔でそう答えた晁雲は、何気ない振りをして、磁渕に振った。
「渕君、甜さんはこの辺の地理に疎いから、君が護衛をかねて一緒に付いていってくれないか」
思わぬ提案に、磁渕も甜憲紅も驚いた。
「うん、それがいいでしょう。渕君は次傅が戻られるまでの時間をつぶす事が出来るし、甜さんも見なれない街で道に迷う事もない。さあ、行ってらっしゃい。夕方までに戻れば良いですから」
二人はそれぞれ反対しようとしたが、晁雲は有無を言わせず決定して、二人を外に出してしまった。




