第三十章 晁雲、白貂娘に昔語りをする 3
「主簿はその陰郡丞の娘は会ったことがおありですか」
「ええ、ありますよ。私の妻は、陰郡丞の家で麗華様の守り役をしているんです。まだ十三才ですが、なかなか可愛い娘ですよ。ただ、一風変わったところがありますがね」
「一風変わっているとはどういう意味です」
「いや、大したことではないのですが、とにかく、無口で無表情なのです。嬉しいんだか悲しいんだか端から見ても全然判らない」
それを聞いて白貂娘は納得した。というのも、太子の洞察力は、若さに似合わず非常に鋭く、相手の感情も大体読んでしまう、という事を知っていたからである。その太子が自分をどう思っているか判らない、と悩んでいるのを見て、多少不思議に思っていたのである。
あるいは、何を考えているのか判らない、というところに、逆に太子は惹かれたのではないか、とも思ったが、それは憶測であり、太子のみが知る事なので、それ以上は考えなかった。
晁雲はさらに言葉を続けた。
「もう何度か太子の前に出ているはずなのに、太子は彼女を呼ぼうともしないみたいですね。どうやら太子の気には召さなかったようです」
「実は、太子は麗華様を非常に気に入っています。ただ、麗華様が自分のことを気に入っているかどうかが判らず、そのために悩んでおいでです」
白貂娘は思い切って晁雲にそう話した。結局、彼女が自分で陰麗華に太子の手紙を渡すことは難しい。やはり誰かを介するしかないが、そのためにはある程度中立の立場でいる人が望ましいのである。
彼女は太子の手紙を晁雲に見せた。
「太子は、麗華様の気持ちを確認するためにこの手紙をお書きになり、誰にも知られないように麗華様に渡すよう、私に申し付けました。私のすべきことをこのように主簿にお願いするのは心苦しいのですが、どうかこれを麗華様に渡して、返事を頂いて貰えないでしょうか」
晁雲は白貂娘の突然の願いに驚いた。自分が頼まれたこともさることながら、太子が陰麗華に宛てて手紙を書いた、という事にである。
「成る程、太子は心の優しい、風流な方だと聞いていましたが、事実その通りのようですね。しかし、一つだけ質問があります。なぜ次傅は手紙を介す人に私を選んだのですか」
「条件的に、主簿以上に相応しい方を見付ける時間がないからです」
彼女はきっぱりと言い切った。こういうときは下手に取り繕うよりも自分の考えていることをさらけ出すほうが相手に訴えるのである。
晁雲もそうはっきりと言われては苦笑するしかなかった。
「しかし、私にそのような大事な手紙を任せても良いのですか。私がその手紙を太守か郡丞に渡してしまうかもしれませんよ」
「そうですね。でも大丈夫でしょう。もし本気で渡すつもりなら、そんなことを口にはしないでしょうから」
「ははは、確かにそうです。方徐には悪いですが、ここは太子の気持ちを尊重することにしましょう」
それから、晁雲は真顔になって続けた。
「しかし、太子も麗華様もまだ年若い。今の彼等にとっては本気でも、実際には恋愛ごっこでしょう。結局、彼等は大人の都合に振り回されているだけです」
その言葉を白貂娘も否定は出来なかった。むしろ、だからこそせめて太子の手紙を陰麗華に渡したかったのである。
晁雲は、彼女のそうした気持ちを察したのか、さらに言葉を続けた。
「様々な立場の者が、それぞれの思惑で動く、それが世の中というものです。もし八方美人になろうとするなら自分を見失うことになるでしょう。次傅は次傅の信じることを行ってください」
その言葉を聞いて白貂娘は晁雲に礼をした。
「有難うございます。私のような若輩者をそこまで買って頂いて……」
その言葉を聞くと、晁雲も微笑みながら一礼して去っていった。




