第三十章 晁雲、白貂娘に昔語りをする 2
晁雲はさらに言葉を続けた。
「幸い、私はこの国に来たときから沢太守に気に入られて、今では彼の下でこうして働くことが出来ています。勿論、そのころはまだ沢栄も太守ではありませんでしたが。無理に危険を犯すこともなかったのです。まあ、望郷の念がないといえば嘘になりますが、どこでも住めば都ですよ」
そこまで話すと、彼は話題を穣丘の事に戻した。
「例えば、呂厳と言う男も、非常に郷土愛の強い男です。彼は土着の豪族の出身で、知勇兼備で気前もよいということで、地元の者たちからも慕われています。傲慢なところもありますが、それも贔屓目にみるなら何事にも物おじしない勇敢さということになるのです」
それから彼は磁計侃の評価をし始めた。
「彼も、自分の部族の為に必死になっています。このあたりでは、そうした少数民族の出身者ではもっとも成功した人物ですからね。なんとかして仲間の役に立ちたいと考えているのですよ。そして、生来の生真面目さゆえに、なかなか役に立てない自分に腹を立てているのです。それに、呂校尉との確執もある。どちらも悪人ではないのですが、どうにも合わない。だから互いに足を引っ張り合うのです」
「沢太守はいかがですか」
「彼もいい奴です。沢栄と私は同い年なんですよ。身分は違いますが、昔から彼は私を友人として扱ってくれました。私が少々、詩に関心をもっていたこともありますがね。お陰で比禁殿や陰郡丞とも親しいんですよ」
晁雲は少し自慢げにそう言った。この辺りで比禁と親しく付き合うことが出来る人物は少なかった。そのため、比禁と親しい、という事は十分自慢の理由になるのである。
「ただ、沢栄は北から流れてきた貴族の末裔です。呂厳のようにこの土地に対する愛情は強くないですし、磁計侃のように、守らなければならない仲間がいるわけでもありません。あるいはそうした立場ゆえに彼等をうまく使って行けるのでしょう。そういう意味では彼は悪人かもしれません」
「いいんですか。そんなことを言って」
「大丈夫です。次傅さえ誰にもおっしゃられなければ、知られる心配はありません」
そう言うと、二人は顔を見合わせて吹き出した。
「第一、私のこの意見は沢栄も知っていますよ。面と向かって彼にそう言った事がありますし。彼は今、陰郡丞の娘を太子の妃にしようと画策していましてね。まあ、これもこの国の南北問題を少しでも解消しようという建前はありますが、これが上手く行けば彼等は一躍皇帝の外戚になれるというわけです。私がそれを指摘して、詩人の風上にも置けない悪人だと言うと、彼も笑っていましたよ」
勿論、晁雲も本気でそう言ったわけではなく、つまりそうした冗談を言い合えるほど彼等と親しく交わっている、ということだった。
しかし白貂娘は、その事よりも、彼が沢栄と親しい、という事実に関心を持った。晁雲なら誰にも気付かれずに陰方徐の娘、麗華に太子の手紙を渡せるのではないか、という考えが頭に浮かんだのである。




