第二十九章 喜香太子、白貂娘に相談をもちかける 2
前の日まで大事を取って休んでいた白貂娘も、この日から仕事に戻る事になっていた。
彼女が太子の部屋を訪れると、喜香太子は何やら物思いに耽っており、彼女が入ってきた事にも気付いていないようだった。
彼女が挨拶をしようと声をかけると、太子は驚いた顔で振り向いた。
「礼里か。どうしたのだ」
「今日から正式に仕事に戻ります。どうもご迷惑をおかけしました」
「そうか、今日から戻ってくれるか。それはよかった」
太子は取り繕うようにそう返事をしたが、その様子を見て、白貂娘は昨日の陽長公主の話を思い出した。
彼女からは太子に事実関係を確認するよう促されていたが、白貂娘はあまり乗り気ではなかった。関心がない訳ではなかったが、余り詮索するのもどうかと思ったのである。
しかし、白貂娘のそうした思いを知ってか知らずか、太子は唐突に彼女に質問をした。
「礼里は人に恋をした事があるか」
白貂娘は、その質問の唐突さもさることながら、その内容が、昨日の陽長公主のそれと同じ事に気付いて、思わず吹き出してしまった。
しかし、喜香太子はその笑いの意味を取り違え、不機嫌な顔をした。
「何が可笑しいのだ」
「申し訳ありません。そうですね、ない事もありませんが、太子の恋の相談相手をできるほどの経験は、残念ながらありませんね」
白貂娘の返事を聞いて、太子は激しく動揺した。
「なぜ私の聞きたい事が判ったのだ」
「太子は私に恋の経験があるかを聞いたではありませんか。その様な質問は、自分が恋について考えていないと出てきませんよ」
「そんなものなのか」
「そうしたものです」
太子は白貂娘に言い包められたのではないかと訝りつつも、とりあえず話を元に戻した。
「ない事もない、とは微妙な言い方をした。どういう意味なのだ」
「別に深い意味はありませんわ。ただ、男性を好きになった事はある、という、ただそれだけの事です」
太子の指摘に対し、白貂娘は言葉少なに答えた。しかし太子も今度は納得しなかった。
「好きになって、それでどうしたのだ」
「別にどうもしませんでした。その方には、他に好きな人がいらっしゃいましたから」
「それで、その男は自分の好きな人と結婚したのか」
「いいえ、結婚はできませんでした。そして、その方にはもう結婚する気はなかったのです」
「それで、礼里も何もしなかったのか」
「そうです。私の片思いの話はこれでおしまいです。ですから、太子の参考にはならないでしょう」
確かに参考にはならなかった。しかしだからといって、白貂娘が好きになったという相手の男に対する興味が尽きた訳ではなかった。




