第二十七章 喜香太子、陰方徐の屋敷を訪ねて古美術を鑑賞する 3
しかし、回徳はそうした白約楽の動きを快くは思っていなかった。出自が違うこともあるが、それよりも性格的に謀略家という人種が肌にあわないのである。それに、今回の南華巡幸の主導権を握っているのが彼である事も気に入らなかった。
「まあ、程王の動きについては、諌議士に任せましょう。その方面では彼の方が専門ですから」
益兼は回徳とは違い、白約楽に対する目立った偏見は持っていなかった。というより、彼は自分を常に中庸の立場に置き、対立を鎮めるように努めていた。
もし彼の努力がなければ、今回の巡幸も、途中で回徳と白約楽の対立で取り返しのつかない事態に陥っていた可能性もあった。
戦場の経験も豊かな益兼に諭されると、回徳もそれを承知せざるを得なかったのである。
「そうですな。ところで、昨夜の宴の席での件ですが、あれも諌議士の差し金なのかな」
「あれは違うでしょう。呂氏は渠の名門ですが、中でも彼は特に自尊心の強い男です。そんな彼よりも若い女性が中央で重んじられているのを見て、我慢できなかったのでしょう」
「大司馬の益氏も渠の名門だったではないか。あなたなら抑えられたのではないか」
「穣丘は呂氏の地元です。隆景の益氏の者がいきなり押さえつけるといろいろ余計な反感を買ったことでしょう」
その意見に回徳も納得せざるを得なかった。
もしもあの時、無理に呂厳止めて、単に彼ひとりの機嫌を損なうだけならさほど問題はない。
しかしその結果として彼を慕う穣丘の街の者たちの反感を買ってしまっては、今後の計画に差し障りが出てしまう。
「そういうことであれば決闘になるよりは良いか。だが親善試合でも後にしこりを残すことはなかろうか」
「次傅には私から、この試合の意味するところを含めておきました。彼女ならなんとか立ち回ってくれるでしょう」
「そう上手く行けばよいがな」
回徳は再び懐疑的な返事をした。
その頃、喜香太子は大夫の回循粛と共に、陰方徐の屋敷を訪問していた。
沢栄や比禁の名に隠れがちであるが、陰方徐もこの地方では著名な文人であった。彼は文藻に優れ、当代きっての書家でもあった。
また同時に古美術の収集家としても知られており、太子が彼の屋敷を親しく訪問したのも、それらの古美術を鑑賞する事が表向きの理由であった。
陰家秘蔵の品が、また一つ開かれた。
「これは素晴らしいですね。山宝貴の真筆ですか」
壁に掛けられたその掛け軸を見て、回循粛はそう唸った。
「『西白宮之銘』です。箔山の麓にある石碑は、この書から写されたものですよ」
「拓本は見た事があるが、真筆が残っていたとは知らなかった」
陰方徐の言葉に、太子もそう溜息を吐いた。さすがに中原まで響いているだけあって、陰家の品はどれも超の付くほどの一級品ばかりである。
「次も自慢の逸品です」
そう言うと、陰方徐は隣の部屋へ声をかけた。
隣室から、巻き物を持った少女が入ってきて、『西白宮之銘』をしまうと、持ってきた山水画の巻き物を屏風にかけ始めた。
「誰の作か判りますか」
しばらく見入っていた回循粛は、おもむろに答えた。
「もしや、楊行延ではないですか。なんとも見事なものですね」
回循粛は驚嘆の声を上げたが、喜香太子は山水画ではなく、それを持ってきた少女の方を見たままであった。
「さすがは回大夫です。一目で作者を当てるとは。確かに楊行延の作品で、『幽山水明図』という題がついています。彼の晩年の作品で、ほとんど人目に触れた事はないのですよ」
太子の様子に気付きつつも、陰方徐は素知らぬ顔で山水画の説明を続けた。




