第二十七章 喜香太子、陰方徐の屋敷を訪ねて古美術を鑑賞する 1
「昨日から喜香の様子がおかしいのよ。あなた、何か心当たりはない」
陽長公主は白貂娘の部屋を訪れると、前置きも無しに突然、そう尋ねた。
確かに、陽長公主からそう言われると、昨日の太子の様子がいつもと違った事を思い出したが、彼女もその理由は分からなかった。
「申し訳ありません。私には心当たりはありません」
そう答えると、陽長公主は別段、気を悪くする風でもなく、話を続けた。
「そう、呂厳とかいう校尉との試合の事で、頭が一杯なのね」
「別にそう言う訳ではありません」
「まあいいわ。喜香ったら、私が話し掛けても上の空なのよね。あなたなら何か知っているかと思ったんだけど」
そこで話を切ると、陽長公主は白貂娘をじっと見つめた。
彼女がいぶかしんでいると、思いがけない質問が飛び出した。
「あなた、恋をした事がある」
余りに突然であったため、白貂娘は返答に詰まった。
「恋ですか」
ない、と言えば嘘になるが、といって話せる様な経験もなかった。彼女はどう返答しようか迷ったが、陽長公主は別にそれを待つ事もなく話を続けた。
「私の見るところ、喜香はどうやら誰かに恋をしているようなのよ。十中八九は間違いないわ。問題は相手が誰か、ということなのだけど」
そこでもう一度、話を区切り、再び白貂娘をまじまじと見た。
「やっぱり、あなたじゃないわよね」
白貂娘自身、自分ではない事は分かっていても、こうはっきりと目の前で言われては、いい気分はしなかった。
「私では不釣り合いでしょう」
できるだけ平静を装ってそう答えたが、陽長公主は一瞬、驚いたような顔をしてからすぐに笑い始めた。
「気を悪くしたの。だけど、あなたも別に皇太子妃になりたいわけではないでしょう」
「確かにその通りです。それでも、はなから対象外と言われるのも傷つきます」
「白貂娘も女性だった、という訳ね。ところで話を元に戻すけど、あなたは喜香の相手に心当たりはないかしら」
そう聞かれても、白貂娘自身、穣丘に来てからは自分の体調の事もあって太子とはあまり会話をしていなかった。思い当たりようがない。
「申し訳ありません。私には思い当たりません」
「そう。なら、あなたからそれとなく聞いてくれないかしら」
「直接ですか」
「直接聞かなければ判らないじゃない。いい、喜香は皇太子に立てられているのだから、その相手は皇太子妃になるかもしれないのよ。つまり、次の皇后ね。喜香がもし、変な女に捕まりでもしたら、大変なのは私たち、皇族の女なのよ。そう、あなたもそうね。皇太子の側近は一番苛められるわよ」
陽長公主はそう言って、自分を正当化しようとしたが、好奇心が先に立っている事は明らかであった。
それに対して、余り気の進まない白貂娘は、やんわりと抵抗した。
「太子が恋をしているといっても、まだ十三歳ではありませんか」
「もう十三歳、なのよ。皇太子たる者、早く結婚して、瑛の後継ぎをつくらなくてはいけないの。それなのに、喜香は私がいくら勧めても、いつも乗り気ではないから心配していたのよ。今回の巡幸中に見つけるのはいいけど、私と気の合う人でなければ面白くないわ」
図らずも、陽長公主は本音を漏らした。
彼女にとって、喜香太子が結婚する事は、母親や白貂娘のような、自分の暇つぶしのための話し相手が増える事なのである。
しかし、自分と性格が合わなければ、話し相手にはできない。そこで、太子の恋の相手を知りたがっているのである。




