第二十六話 王蘭玉、白約楽に昔話をする 3
そこまで聞くと、白約楽は再び口を開いた。
「その山賊の親分とは、もしや虎雷童ではありませんか」
「そう、その虎雷童だよ」
白約楽も、亮渓夏が瑛との決戦に臨む際に、彼が山賊の虎雷童を説得して帰順させた、という話は聞いていた。
そして、実際に彼を説得したのは王礼里だった、という噂も聞いたことがあった。
それ以来、虎雷童は瑛との戦いで多くの戦功を立てたが、広漢決による夜襲の失敗の際に、彼も命を落としたのである。
「虎雷童はすっかり礼里の事を気に入ってね、私等を客として招待したいとまでいったんだよ。だけど礼里の方は、山賊と親しくなるつもりはない、と断ったんだ。そしたら虎雷童はまた笑って、ならばお前が将来偉くなったなら、儂等を迎えに来るがいい、そうしたら山賊を止めてやろう、と言ったのさ」
「という事は、虎雷童を実際に帰順させたのが王次傅だったというのは本当なのですね」
「さあ、そこまでは知らないが、お陰であの娘が山賊の出だと思っている奴もいるようだね。白貂娘というあだ名も、虎雷童がこの時、白い服を来ていた礼里が木に登るのを見て付けたものさ」
確かに、王礼里が山賊の出身である、という噂もあった。
白約楽は感心したが、王蘭玉の話はまだ終わっていなかった。
「面白いだろ、だけど面白いのはこの後さ。虎雷童は私等をそのまま通してくれたんだけどね、山賊達が見えなくなると、礼里が急にしゃがみ込むんだよ。どうしたのか聞いたら、一言、怖かったって言うんだよ。それで私が、怖いなら何故あんな事をしたのか問い詰めたんだ。そしたら、なんて言ったと思う」
「多分、蘭玉さんの役に立ちたかったのでしょう」
白約楽が直ぐに返事をしたので、王蘭玉は拍子抜けした。
「なんで知っているんだい。礼里から聞いたのかい」
「いいえ、別に聞かなくても想像できますよ」
「そうかい。まあいいや。それで私も言ってやったのさ。気持ちは有難いけど、危険な真似をしてはいけないってね」
そこまで話すと、彼女は急に別の出来事を思い出した。
「そうそう、危険な真似と言えば、あの娘が剣を覚えたのも、私と一緒の時なんだよ」
「まさか、蘭玉さんが教えたとは言わないでしょうね」
意外な展開に、白約楽は身を乗り出した。しかし、王蘭玉はあっさりと否定した。
「もちろん違うよ。一時期、自分の師匠の仇を探している、という剣術家と一緒になったんだ。かなり腕の立つ男だったらしいけど、私にはよく分からないね。とんかく、その男が何を考えたのか、礼里に剣を教えだしたんだ。あるいは、礼里に剣の才能を感じたのかも知れないね。実際、一週間ほどでその男自身も驚くほど上達したらしいよ」
「その男の名前は何て言うのですか」
「確か、柳空靜とか言ったと思うけど、探しても無駄だよ」
「どうしてです」
「もう、死んでいるからさ。偶然、仇を見つけたといってね。一日だけ礼里を貸して欲しいと言って、その仇とかいう相手に決闘を申し込みに行ったんだ」
「それで、負けたのですか」
「いいや、勝ったらしいよ。ただ、仇討ちをした後、その日の夜に自殺したのさ」
「それはまた何故です」
「さあね。自殺する人の気持ちなんて、私には分からないよ。ただ、あの娘は決闘の立ち会いもして、何か感じるところがあったみたいだね。その男から貰った剣を大事にしていたはずだよ。細身の長剣だけど、今でも持っていないのかい」
「ああ、その剣なら北伐で捕まった時に、なくしたと言っていましたよ」
そこで話はしばらく途絶えた。白約楽はしばらく物思いに耽っていたが、ふと、まだ聞いていない事があるのに気付いた。
「ところで、蘭玉さんはどこで王次傅と知り合ったのですか」
「ああ、奉と瑛との国境沿いを耀水が流れているだろ。その川沿いに住む女性から引き取ったのさ」
「では、その女性の子供なのですか」
「いや、その人の子供じゃなかったらしい。何でも川で溺れているところを、そこの家の娘が助け上げたそうだ。だけど、なにしろ山村の貧しい家だから、よその子供を養う事はできなくて、たまたま通りかかった私が押し付けられたのさ」
「川で溺れていた」
白約楽はその言葉を繰り返した。しかし、王蘭玉は別に気にもせず話を続けた。
「その時の印象が余程強かったんだろ。だから今でも水の上が苦手なんだろうね」
しかし、白約楽は王蘭玉の話を無視して、考え事をしたまま別の質問をした。
「なぜ、次傅は溺れていたのでしょう」
「さあね。あの娘は知っているだろうけど、私に話はしなかったし、私も聞かなかったよ」
「そうですか。では、次傅と初めて合った日付は覚えていますか」
「そうだねえ、はっきりとは覚えていないけど、夏の暑い時期だったのは間違いないよ」
「それでは、次傅が助けられたのも同じ時期ですか」
「ああ、助けて一週間ぐらいだと言っていたからね」
その返事を聞いて、白約楽はますます難しい顔をした。
「そうですか。判りました。いや、しかしそんなことは」
白約楽はぶつぶつと呟いたが、王蘭玉は自分が無視されている事に我慢できず、強い口調で彼に話し掛けた。
「なんだい、難しい顔をして。あの娘になにか悪い事でもあったと言うのかい」
白約楽は一瞬、驚いたような顔をしたが、直ぐにまだ王蘭玉が一緒にいた事を思い出した。
「いえ、そうではありません。何でもないですよ。そうだ、次傅との面会の件ですが、約束通り何とか手を打っておきます。ただ、その時に陽長公主もお願いするかもしれませんが、構わないですよね」
突然、白約楽の顔つきも口調も変わったので、王蘭玉の方が相手の調子に飲まれてしまった。
「あ、ああ。構わないよ」
「そうですか。では、ここの払いも私がしておきます。これから別の用事もありますので、これで失礼します」
そう言い残して、白約楽はさっさと席を立ってしまった。
後に残された王蘭玉は、唖然として白約楽の後ろ姿を見つめていた。




