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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第二十五章 益兼、白貂娘に粥を差し入れる 2

 益兼(えきけん)はしばらく黙って、その様子を見ていたが、ふと思い出したように話し始めた。

「大将軍の言われた通りのようですね。次傅はお腹が空いても、決してそれを口に出して言わない、そう言っていましたよ」

 白貂娘(はくちょうにゃん)はその話を聞いて、食べる手を休めた。

「大将軍はその様な事を言われたのですか」

「そう。巡幸の間、宴席に招かれても、覆面をしたまま一口も食べずに、翌朝まで我慢するだろうと言っていました。だから儂に、次傅が無理をしないよう、面倒を見て欲しい、そう頼まれました」

「まあ」

 白貂娘(はくちょうにゃん)は、丁義堅(ていぎけん)が自分の事を、心配してくれているのを知って、嬉しく思った。と同時に、そのような私的な事を大司馬(だいしば)の様な高官に依頼するなんて、とも思った。

 その白貂娘(はくちょうにゃん)の気持ちを察したのか、益兼(えきけん)はさらに説明を加えた。

「大将軍もあまり交友が広くありませんからね。こうした私的な事柄を頼める人物が、他にいなかったのでしょう。(かい)太傅はあの通りの方ですし、といって(はく)諌議士は忙しい上に、まだ若いですから、次傅の部屋に、そう足繁く通う訳にはいかないでしょう。儂のような、暇な年寄りなら大丈夫という訳です」

「そんな」

 丁義堅(ていぎけん)もまさか、そこまでは言っていないであろう。白貂娘(はくちょうにゃん)は否定しようとしたが、それより先に、益兼(えきけん)のほうが不思議そうな顔で聞いてきた。

「しかし、大将軍はそこまで、次傅を空腹のままにしておくことが、あったのですかな」

 話すほどのことでもない、と思ったが、何も言わないと丁義堅(ていぎけん)が誤解を受けると思い、彼女は簡単に経緯を話した。

「そうではありませんが、大将軍は普段、仕事が終わるまでは食事をされなかったのです。私だけ先に頂いては失礼かと思い、いつも仕事が終わるのを待っていたのですが、一度、大将軍の仕事が徹夜になった事があり、結局、大将軍も私も、翌朝まで何もとらなかった、という事がありました」

 その話を聞くと、益兼(えきけん)はお腹を抱えるように笑い出した。

「全く、大将軍も人のことは言えないですね。しかし、真面目も度が過ぎると、滑稽なものです」

「ええ、私も時々、大将軍とその時の事を蒸し返しては笑っています。それ以来、大将軍も遅くまで仕事がかかりそうな時は、途中で食事を取るようになりました」

「ほう、そうですか。つまり最初から、それが狙いだったのですね」

 益兼(えきけん)は、納得したという顔をしたが、白貂娘(はくちょうにゃん)は再び否定した。

「それは結果論ですわ。別にそういうつもりではありませんでした」

 それから彼女は、再び粥を掬って、口に運んだ。

「これは老人の戯れ言と思って、食べながら聞いてください」

 しばらく黙っていた益兼(えきけん)は、そう話を始めた。

(おう)殿は、若いのに多く苦労してきたせいか、随分と忍耐強いですね。それに頭も切れる。ただ、苦労知らずの傲慢な相手には、その切れ味が舌に出るようです」

 益兼(えきけん)はそこでいったん言葉を止めた。


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