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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第二十五章 益兼、白貂娘に粥を差し入れる 1

 結局、白貂娘(はくちょうにゃん)が自室へ戻れたのは、夜も更けてからであった。

 呂厳(りょげん)との問答によって中座する機会を逸してしまい、最後まで宴席にいたためである。

 空腹で目が回りそうだったが、宴の後に夜食を頼むのも気が引けた。すでに甜憲紅(てんけんこう)も寝てしまっており、彼女はその日の食事を諦める事にした。

「小さい頃には良くあった事だわ。段珪(だんけい)の地でも、一週間の間、吹雪で食料が乏しかった事もあるし。何と言っても、明日の朝になれば食べられるのだから」

 そう自分を納得させて、彼女は寝台に横になろうとした。その時、小さく扉を叩く音が聞こえてきた。

「どなたですか」

 彼女が小声で扉越しに尋ねると、同じように小声で返事が聞こえた。

益兼(えきけん)です。夜中に女性の部屋を伺うのは無礼とは思いましたが、少し話したい事があります」

 その声に驚いて扉を開けると、そこには益兼(えきけん)が、一人の従者を連れて立っていた。

「このような夜更けに何の御用でしょうか。何かあったのですか」

「先程の宴席での件で、少し話したい事がありました。それと、次傅が空腹であろうと思って粥を作らせてきました」

 見ると、確かに彼の後ろにいる従者は、手に盆を持っており、その上に蓋付きの土鍋が乗っている。

「大司馬に、このような気を使って頂いては申し訳ありませんわ」

「いえいえ。これは儂のお詫びのしるしです。儂の一言で、次傅は(りょ)校尉と試合をする事になってしまいましたからな」

「そんな事はありません。大司馬のお陰で騒ぎを広げずに済んだのですから。私の方が礼を言わなければ、いけませんでしたのに」

「空腹で忘れていましたか」

 益兼(えきけん)が微笑んでそう言うと、白貂娘(はくちょうにゃん)は顔から火が出そうになった。もし、覆面がなければ、益兼(えきけん)にもそれが判ったに違いない。

「まずはこれをお食べなさい。話は食べながらでもできますから」

 白貂娘(はくちょうにゃん)益兼(えきけん)の言葉に従い、彼とその従者を部屋の中に入れた。

 従者は部屋の真ん中にあった机の上に盆を乗せると、再び益兼(えきけん)の後ろに下がった。白貂娘(はくちょうにゃん)はその間に、益兼(えきけん)と従者の座る椅子を用意した。

「どうぞ、こちらに座ってください」

 益兼(えきけん)は軽く頭を下げてすぐに座ったが、従者の方は自分の椅子も用意された事に戸惑っていた。

「どうぞ、立ったままでは辛いでしょうから、そちらへ腰掛けてください」

 白貂娘(はくちょうにゃん)が勧めると、その従者は益兼(えきけん)の方を見た。益兼(えきけん)も、その好意を受けるよう、促したため、彼は恐る恐る、その席に座った。

「こういう者は、あまり親切にされることはありませんからな。次傅が椅子を勧めたので戸惑っているのですよ」

「いえ、私はただ、立ったままでは疲れるだろうと思っただけですが」

 彼女はそう言いつつ、覆面を取ろうとして、ふと益兼(えきけん)の方を見た。

「私は以前、初対面の時に次傅の顔は見ています。この男も、あなたの素顔を見ても、驚いたりはしません。安心して食べなさい」

 その言葉に、白貂娘(はくちょうにゃん)は改めて覆面を取り、ゆっくり粥を食べ始めた。


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