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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第二十四章 白貂娘、宴席で呂厳と問答する 2

 それまで彼女の様子を観察していた呂厳(りょげん)は、おもむろに彼女に話し掛けた。

(おう)次傅、食事に手を付けておられないようですが、南華の料理は口に合いませんか」

「いえ、私は体調が思わしくなかったものですから」

「それはいけませんな。体が弱くては、兵を率いて戦うのも一苦労でしたでしょう」

「はあ」

 白貂娘(はくちょうにゃん)は、急に話が戦争の事に移ったので、思わず間抜けな返事をした。しかし、続く彼の言葉で、相手の真意をやっと理解した。

「北伐の際はさぞ大変だったのでしょうな。先の北伐での次傅の戦功は南華の地にも鳴り響いています。しかし、なかなか詳しい情報は入りません。どうですかな、ここで一つ、白貂娘(はくちょうにゃん)と謳われた次傅ご本人から、北伐の話を聞かせて頂けませんか」

 呂厳(りょげん)がそう求めると、他の者もそれに賛同の声を上げた。しかし、白貂娘(はくちょうにゃん)はあまり気が乗らなかった。

「戦功と申しましても、私も一度は捕虜となった身ですし、皆様のお気に召すかどうかは判りません。きっと退屈なさりますわ」

 やんわりと断ろうとしたが、呂厳(りょげん)は諦めなかった。

「いやいや、こちらは船戦が中心ですからな。北方の騎馬中心の戦いは興味深いですよ」

 さらに彼女が躊躇すると、彼女の横にいた益兼(えきけん)も、彼女に話すよう促した。

「皆、あなたの事を知りたがっているのですよ。別に秘密にすることでもない。話してあげなさい」

 そう言われては、白貂娘(はくちょうにゃん)もそれ以上、断る訳にはいかなくなった。仕方なく、彼女は自分の知っている範囲で北伐の話を始めた。


 要点を簡単にまとめつつも、彼女の話は決して単調で事務的なものではなかった。

 (ほう)法角(ほうかく)や監軍の回光(かいこう)関北(かんほく)郡太守の許虔(きょけん)路艾(ろがい)といった人物の活躍が鮮やかに弁ぜられた。


 彼女が話し終えると、それを聞いていた砂峡(さきょう)郡の高官や豪族達はすっかり感心してしまった。呂厳(りょげん)も感心した様子で再び彼女に話し掛けた。

「いや、お上手な話でした。なるほど、そのような経緯だったのですか。しかし、二、三の点がどうも納得できませんでした。白貂娘(はくちょうにゃん)は」

 呂厳(りょげん)はわざと、彼女をそのあだ名で呼んだ。

「兵法書などをお読みになったことはおありですかな」

「いいえ、ありません」

「そうですか。では、御松雷(ぎょしょうおん)という人の記した、“御子”という本の名前は聞いたことは」

「名前だけならございます」

「その本では、兵は分散せず、固めて用いるように記されています。特に、自軍の兵力が敵に劣る場合の分散は、各隊が個別に撃破されるだけであり、そうした用兵を避けるべきとあります。しかし、白貂娘(はくちょうにゃん)は敵の十分の一しかない兵力を、さらに三隊に分けたそうですね。もし各隊が撃破されたなら、どうするおつもりでしたのでしょうか」

 白貂娘(はくちょうにゃん)は、呂厳(りょげん)が何を意図してそうした質問をするのか、理解しかねた。純粋に、彼女の用兵に対する疑問点を指摘しただけかもしれないが、そうとも言い切れないものを感じたのである。彼女は慎重に返事をした。

「私は、師について正規の兵法を学ぶ時間もありませんでしたから、その様な事は存じませんでした。ただ、あの場合、たとえ兵を集中させましても、段珪(だんけい)との兵力差を埋める事はできませんでしたし、と言って、篭城をする訳にも参りませんでした。そこで、兵を分散して、策に頼る事にしたのです」

 彼女の返事に対し、呂厳(りょげん)はさらに質問を続けた。

「左様でしたか。しかし、楊先(ようせん)という人の記した“兵家百般”という書には、用兵は奇策に頼るべからず、とあります。奇策に頼るなら、兵は楽をする事を覚え、死力を尽くさなくなる、というのがその理由です。白貂娘(はくちょうにゃん)は、この点、最初から奇策を用いられたようですが、これはいかがなものですかな」

 この時点で白貂娘(はくちょうにゃん)は、相手が自分の戦い方に難癖を付けて、恥をかかせたいのだという事を確信した。

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