第二十四章 白貂娘、宴席で呂厳と問答する 2
それまで彼女の様子を観察していた呂厳は、おもむろに彼女に話し掛けた。
「王次傅、食事に手を付けておられないようですが、南華の料理は口に合いませんか」
「いえ、私は体調が思わしくなかったものですから」
「それはいけませんな。体が弱くては、兵を率いて戦うのも一苦労でしたでしょう」
「はあ」
白貂娘は、急に話が戦争の事に移ったので、思わず間抜けな返事をした。しかし、続く彼の言葉で、相手の真意をやっと理解した。
「北伐の際はさぞ大変だったのでしょうな。先の北伐での次傅の戦功は南華の地にも鳴り響いています。しかし、なかなか詳しい情報は入りません。どうですかな、ここで一つ、白貂娘と謳われた次傅ご本人から、北伐の話を聞かせて頂けませんか」
呂厳がそう求めると、他の者もそれに賛同の声を上げた。しかし、白貂娘はあまり気が乗らなかった。
「戦功と申しましても、私も一度は捕虜となった身ですし、皆様のお気に召すかどうかは判りません。きっと退屈なさりますわ」
やんわりと断ろうとしたが、呂厳は諦めなかった。
「いやいや、こちらは船戦が中心ですからな。北方の騎馬中心の戦いは興味深いですよ」
さらに彼女が躊躇すると、彼女の横にいた益兼も、彼女に話すよう促した。
「皆、あなたの事を知りたがっているのですよ。別に秘密にすることでもない。話してあげなさい」
そう言われては、白貂娘もそれ以上、断る訳にはいかなくなった。仕方なく、彼女は自分の知っている範囲で北伐の話を始めた。
要点を簡単にまとめつつも、彼女の話は決して単調で事務的なものではなかった。
奉王法角や監軍の回光、関北郡太守の許虔や路艾といった人物の活躍が鮮やかに弁ぜられた。
彼女が話し終えると、それを聞いていた砂峡郡の高官や豪族達はすっかり感心してしまった。呂厳も感心した様子で再び彼女に話し掛けた。
「いや、お上手な話でした。なるほど、そのような経緯だったのですか。しかし、二、三の点がどうも納得できませんでした。白貂娘は」
呂厳はわざと、彼女をそのあだ名で呼んだ。
「兵法書などをお読みになったことはおありですかな」
「いいえ、ありません」
「そうですか。では、御松雷という人の記した、“御子”という本の名前は聞いたことは」
「名前だけならございます」
「その本では、兵は分散せず、固めて用いるように記されています。特に、自軍の兵力が敵に劣る場合の分散は、各隊が個別に撃破されるだけであり、そうした用兵を避けるべきとあります。しかし、白貂娘は敵の十分の一しかない兵力を、さらに三隊に分けたそうですね。もし各隊が撃破されたなら、どうするおつもりでしたのでしょうか」
白貂娘は、呂厳が何を意図してそうした質問をするのか、理解しかねた。純粋に、彼女の用兵に対する疑問点を指摘しただけかもしれないが、そうとも言い切れないものを感じたのである。彼女は慎重に返事をした。
「私は、師について正規の兵法を学ぶ時間もありませんでしたから、その様な事は存じませんでした。ただ、あの場合、たとえ兵を集中させましても、段珪との兵力差を埋める事はできませんでしたし、と言って、篭城をする訳にも参りませんでした。そこで、兵を分散して、策に頼る事にしたのです」
彼女の返事に対し、呂厳はさらに質問を続けた。
「左様でしたか。しかし、楊先という人の記した“兵家百般”という書には、用兵は奇策に頼るべからず、とあります。奇策に頼るなら、兵は楽をする事を覚え、死力を尽くさなくなる、というのがその理由です。白貂娘は、この点、最初から奇策を用いられたようですが、これはいかがなものですかな」
この時点で白貂娘は、相手が自分の戦い方に難癖を付けて、恥をかかせたいのだという事を確信した。




