第二十四章 白貂娘、宴席で呂厳と問答する 1
結局、白貂娘はそのまま夕刻まで熟睡した。太子の使いが迎えに来て、甜憲紅に起こされるまで寝ていたのである。
「あら、もうそんな時間なの」
「申し訳ありません。ご主人様が出席されるのを知らなかったので」
甜憲紅はそう謝ったが、それを伝えなかったのは白貂娘の責任である。彼女は別に甜憲紅を責めはしなかった。急いで着替えをして太子の使いと共に部屋を出た。
会場へ向かう途中、彼女は久しぶりに空腹感を覚えた。寝る前までは船酔いの後遺症で食べ物を見ても少量を口にするのがやっとだったが、どうやら体調も元に戻りつつあるようだった。
「この分では、宴は拷問になりそうね。甜に夜食を準備しておいて貰うんだったわ」
そう独り言を言いながら、彼女は会場への道を急いだ。
宴には、近隣の名士や豪族など、大勢の人が招かれていた。主賓は当然、喜香太子であるが、白貂娘は会場に到着した時に、回徳太傅の次の席に案内された。彼女は自分の席が、大司馬の益兼より上位の席であることに戸惑った。
「益大司馬、私が大司馬より上位の席では心苦しいですわ。どうか私の席には大司馬がお座りください」
白貂娘はそう勧めたが、益兼はその勧めを丁寧に断った。
「いや、皆は王次傅の話を聞きたがっています。主賓は太子ですが、目当ては次傅殿のようですね。儂に構わず、そこにお座りなさい」
「しかし、階級でも年齢でも私の方が下ですわ。この席は私に相応しくありません」
「いえ、そんな事はないでしょう。三公と少傅は同位ですが、次傅は太傅と少傅の間の位です。太傅は丞相と同位ですから、次傅は少なくとも三公よりも上の階級になります。位が上であることははっきりしていますから、年齢を気にすることはないでしょう」
「しかし、大司馬にとっては、この地は地元でしょう。私のようなものが大司馬より上位の席に座っては、ここの方々は不満に思われないでしょうか」
「心配しなくても大丈夫ですよ。第一、この席順は主催者の沢太守が決めたのです。誰も不満には思わないでしょう」
そう言われると、白貂娘もそれ以上、その席を避ける訳にはいかなかった。諦めてその席に座ることにした。
「どうやら礼儀作法はわきまえているようですね」
反対側の席で白貂娘の様子を観察していた男が、小声で隣の男にそう話し掛けた。
小声で話した男は名前を陰方徐と言い、この地方の豪族の一人であり、砂峡郡で郡丞の地位にあった。そして彼が話し掛けた相手は、同じく地元の豪族出身で、砂峡郡の校尉を務めている呂厳という男だった。
呂厳は、陰方徐の言葉に対し、否定的な返事をした。
「ふん、一年以上も朝廷におれば、田舎者でも相応の礼儀は覚えられるのだろう。どちらにしろ白貂娘などと呼ばれて粋がっているようでは、大した事はない。北伐で手柄を立てたというが、全く報奨がなかったというではないか。胡散臭いものだ。都のものは、ちょっと毛色の変わったものを見ると直ぐに珍重するが、俺が化けの皮を剥してやる。まあ、見ているがよい」
「呂将軍が本気で相手にされては、白貂娘も気の毒ですな。あまり苛めて泣かさないでくださいよ」
「将軍はやめろ。まあ、程々にはしておくがな」
呂厳は白貂娘を見据えながら、そう言った。
やがて宴は和やかな雰囲気で始まった。
太守の沢栄と喜香太子は気が合うようで、しきりに古今の詩の話をして盛り上がっていた。他の者もそれぞれが思うままに食事をしながら話に華を咲かせていた。
その間、白貂娘は食事に手も付けず、ただ座っているだけであった。お腹は空いていたが、覆面を取る訳にもいかず、始まったばかりではあるが、そろそろ太守に断って中座しようかとも考えていた。




