第二十三章 白貂娘、沢太守から宴の誘いを受ける 3
「蜀将軍、程王は何時になったら動くのでしょうか」
蜀果の元を密かに訪れた離粛は、心配そうな声でそう聞いた。
「そう心配せずとも、まもなく動くことは間違いない。我々は程王からの連絡を待てば良いのだ」
自信たっぷりな様子でそう答えたが、実は蜀果自身も内心では、程王の動きが鈍く思われていた。
蜀果の元にも、太子一行が対岸の砂峡郡にいる、という知らせは入っていた。しかも、その砂峡郡はほとんど警戒されていない状態のようであった。絶好の好機であるのに、なぜ動かないのか、そうした焦燥感も感じていた。
しかし、自分が先走って失敗した場合、程王が自分を見捨てる可能性もある。それだけは避けなければならない。彼は思案した挙げ句、離粛に一つの案を出した。
「もしかしたら、程王は太子一行の様子を詳しくは知らんのかもしれん。離太守、ここは一つ、程王に手紙を書いてみては如何かな」
「しかし、程王は余程の事がない限り、手紙などを出さないように言っておりましたが」
「なあに、もう太子は目の前にいるのだ。いまさらびくつく事もなかろう」
そう言われると、離粛も手紙を出すのは名案のように思われた。
「そうですね。では、一筆したためて、程王に届ける事としましょう」
離粛は早速その場で、程王への手紙を書き始めた。
「礼里、どこへ行っておったのだ」
白貂娘が部屋へ戻ると、喜香太子がそう言いながら入って来た。
屋敷を抜け出した法詠華は、結局、白約楽に説得されて戻って来た。ただし、後日必ず時間を取って、もう一度街中へ出ることを約束させての事であった。
「申し訳ありません。少し、外の風に当たっておりました」
「そうか、なら良い」
そう言うと、しばらく間を置いてから、話を続けた。
「ところで今夜、沢太守が我々のために宴を開いてくれるのだが、是非、礼里にも出席して欲しい、と申しておった。体調を崩しておるので、本人に確認すると答えておいたが、どうする」
「宴ですか」
「もし出たくなければそれでもよい」
白貂娘は逡巡した。
普段でも彼女は、他人と一緒に食事は取らなかった。食事をする際には覆面を取らねばならず、自分の素顔を晒すことになるからである。
もちろん、太子もその事は知っていた。しかし、沢太守の申し入れを無下に断る訳にもいかなかったのである。
今回の巡幸の目的が、まず南華の人々の心を掴むことであるのは、太子も承知していた。となれば、彼らの好意を簡単に退ける訳にいかないのは自明の理である。そこで、白貂娘自身に決めさせようと考えたのである。
白貂娘にも、その太子の考えは理解できた。巡幸に同行した時点で、こうした事もあることは覚悟していた。
「座っているだけでもよろしいのでしょうか」
「ああ、それは構わん。礼里が体調を崩しているのは事実だ。無理に食事をすることはないし、中座しても文句は言われんだろう」
「それでは、折角のお誘いですから、出席致します」
「そうか。では沢太守にもそう伝えることにする」
白貂娘はなぜ、太子自らが自分の参加の可否を聞きに来たのだろうかと不思議に思った。
太子はなおもしばらく部屋の中を見回していたが、彼女が見ている事に気付き、部屋を後にした。
白貂娘は太子の様子も気になったが、それ以上に疲れていたため、寝台に横になり、そのまま寝てしまった。




